月末の請求処理を担当していた経理担当者が、いつものように基幹システムを立ち上げようとした。ところが画面が固まったまま動かない。何度再起動しても同じだった。慌てて情報システム担当に連絡したが、返ってきた答えは「そのシステムを作った会社は、もう窓口の担当者が退職していて連絡が取りにくい」というものだった。結局、原因が判明するまで丸一日を要し、その間、請求書の発行はすべて手作業に切り替えるしかなかった。

幸い、このケースでは翌日には復旧できたが、社内には重い空気が残った。二十年近く前に導入したシステムに、その後何度も機能を継ぎ足してきた結果、誰も全体像を把握していない状態になっていたのだ。動いている間は誰も問題にしなかった。しかし止まった瞬間、業務全体がその一台のシステムに依存していた現実が浮き彫りになった。こうした場面は、長く同じ業務システムを使い続けている中小企業であれば、決して珍しい話ではない。

なぜレガシー化した判断を先延ばしにしてしまうのか

古いシステムの作り替えを検討しながらも、実行に移せない会社には共通する理由がある。一つ目は、目の前の業務が回っている限り、緊急度が低く見えてしまうことだ。動いているシステムを止めてまで手を付ける必要性を、経営会議の議題として上げにくい。二つ目は、リプレイスにかかる費用と期間が見積もりにくく、投資対効果を説明しづらいことだ。新しいシステムは売上を直接生み出すわけではないため、稟議が通りにくい。三つ目は、長年の改修で仕様がブラックボックス化しており、作り替えるにも何から手を付ければよいか分からないという心理的な壁である。この三つが重なり、判断そのものが先送りされ続けてしまう。

放置するとどうなるか

判断を先延ばしにした結果として起きる影響は、静かに、しかし確実に積み上がっていく。一つ目は保守できる人材の枯渇だ。古い開発言語やフレームワークに精通した技術者は年々減っており、退職や引退によって対応できる人がいなくなるリスクが高まる。二つ目は障害対応コストの増大である。継ぎ足しを重ねたシステムは内部構造が複雑になり、一箇所の修正が別の箇所に予期せぬ影響を及ぼしやすくなる。結果として、小さな修正にも大きな検証工数がかかるようになる。三つ目は事業機会の損失だ。新しい取引先の要望に合わせたデータ連携や、他サービスとの統合を求められても、古いシステムの制約でスピーディに対応できず、競合に後れを取る場面が増えていく。

リプレイスすべきタイミングの判断基準

技術的な限界が見えているか

使用している開発言語やミドルウェアのサポートが終了している、あるいは終了時期が明確になっている場合は、判断を先送りできる時間が限られていると考えたほうがよい。サポート切れの状態で稼働を続けることは、セキュリティ上のリスクを抱え続けることと同義になる。

保守できる人が何人いるか

そのシステムの中身を理解し、修正できる人材が社内外に一人か二人しかいない状態は、危険信号である。その人が異動や退職をした瞬間に、システムはブラックボックスになる。属人化の度合いは、リプレイスの緊急度を測る分かりやすい指標になる。

改修コストが増え続けているか

同じような規模の機能追加でも、年々見積もりが膨らんでいるようであれば、それはシステムの複雑化が限界に近づいているサインだ。改修のたびにテスト範囲が広がり、リリースまでの期間も伸びているなら、作り替えを検討する時期に来ている。

事業の方向性とシステムが合っているか

新しい事業領域への進出や、業務プロセスの見直しを計画しているなら、そのタイミングでシステムのあり方も合わせて見直す価値がある。事業の変化とシステムの変化を切り離して考えると、結局どちらも中途半端になりやすい。

導入時の注意点

リプレイスを決断したとしても、いきなり全面的に作り替えることにはリスクが伴う。長年運用してきたシステムには、マニュアルに書かれていない業務ルールや例外処理が数多く埋め込まれている場合が多く、それらを漏れなく洗い出さないまま作り替えると、稼働後に思わぬ業務停止を招きかねない。また、日々の業務を止めずに移行する必要があるため、新旧のシステムを並行稼働させる期間や、データ移行の検証にかかる時間を十分に見込んでおくことが欠かせない。範囲を欲張って一度にすべてを刷新しようとすると、プロジェクトが長期化し、途中で頓挫するリスクも高まる。優先順位をつけて段階的に進める発想が重要になる。

現実的な進め方

まず着手すべきは、現行システムが担っている業務の棚卸しだ。どの部署が、どの機能を、どのくらいの頻度で使っているのかを可視化することで、リプレイスの優先順位が見えてくる。次に、影響範囲の大きい機能から小さく区切って作り替え、実際の業務で検証しながら進める方法が現実的だ。全面刷新を一度に狙うのではなく、業務への影響が小さい部分から着手し、成功体験を積み重ねていくことで、社内の理解も得やすくなる。また、移行期間中は現場の担当者が新旧両方の操作を覚える必要があるため、マニュアル整備や問い合わせ窓口の用意など、現場を支える体制づくりも並行して進めておきたい。システムの刷新は技術の話であると同時に、そこで働く人たちの負担をどう軽くするかという話でもある。

壁を越えて働く人たちへ

古いシステムと向き合いながら日々の業務を回してきた現場の人たちは、誰に褒められるわけでもなく、不便さを工夫でカバーし続けてきた。動かなくなった画面の前で頭を抱えた経験も、継ぎ足された仕様の意味を一つひとつ読み解いてきた地道な作業も、すべてはその会社を前に進めるための仕事だった。システムを作り替えるという決断は、過去の努力を否定することではない。これまで壁を越えて働いてきた人たちが、これからも安心して働き続けられる土台をつくるための一歩である。その一歩を踏み出す会社を、私たちは支えていきたい。