「競合がいません」というスライドを見たとき、投資家や経営者はどう反応するか。少なくとも私が見てきた場では、「それはすごい」ではなく「本当に?」という眉をひそめる反応の方が多かった。競合がいないという状態は、ブルーオーシャンの証拠ではなく、市場の不在を示している可能性があるからだ。

競合分析は新規事業の初期フェーズで最も後回しにされる作業のひとつだ。「まず作ってみて、後で調べればいい」という考え方は理解できる。しかし、競合を調べないまま進むことのリスクは、単に「競合に負ける」ことだけではない。そもそも市場に誰もいないことの意味を、見誤ることにある。

「競合がいない」に隠れた3つのパターン

「競合がいない」と言う新規事業チームの話を深掘りすると、だいたい3つのパターンに分類できる。

パターン1:本当に市場が存在しない

誰も解決しようとしていないということは、誰もその課題にお金を払う気がないということかもしれない。課題の存在と、課題解決にお金を払う意思は別物だ。「あったら便利かも」という声はあっても、実際に財布を開く人がいなければ市場にはならない。競合がいない事業が市場調査の段階で消えていく理由のひとつはここにある。

パターン2:競合の定義が狭すぎる

「同じような機能を持つSaaSが存在しない」という意味での競合がいないケースは多い。しかし、顧客は今もその課題をExcelや手作業で解決している。この「代替手段」が実質的な競合だ。直接競合だけを競合と定義すれば、確かに競合はいないように見える。しかしその定義は、顧客の実際の意思決定を反映していない。

パターン3:まだ市場が顕在化していない(本物のBlue Ocean)

このパターンは実在する。しかし、レアだ。iPhoneが出る前のスマートフォン市場のように、既存の技術や社会構造の変化によって突然顕在化する市場はある。ただし、これを「自分たちのケース」だと思い込む事業チームは、パターン1・2に当てはまるケースの方がはるかに多い。

競合がいないと感じたとき、まずパターン1・2の可能性を潰すことが先だ。パターン3は、その先にある。

競合分析の目的(「競合に勝つ」ためではない)

競合分析というと、「競合の弱点を探して勝ちに行く」という発想になりがちだ。しかしそれは目的の一部に過ぎない。競合分析の本来の目的は3つある。

ひとつ目は、市場の存在確認だ。誰かが似たことをやっているという事実は、そこに市場があることの証拠になる。競合の存在は脅威であると同時に、市場の存在証明でもある。

ふたつ目は、差別化のポイントを見つけることだ。競合が取っていない顧客セグメント、競合が解決できていない課題の側面、競合が弱い流通チャネル。これらは競合分析なしには見えてこない。

みっつ目は、顧客が今どうやってその課題を解決しているかを知ることだ。間接競合の調査がこれにあたる。顧客の現在の行動を理解することは、自社のソリューションへの移行コストを見積もる上でも重要だ。

競合分析は、敵情視察ではなく、市場構造の理解だ。この視点の違いが、分析の質を変える。

競合分析の5ステップ

ステップ1 ── 直接競合と間接競合を区別する

直接競合は、同じソリューションを同じ顧客に提供しているプレイヤーだ。間接競合は、同じ課題を別の方法で解決しているプレイヤーだ。Excel管理、手作業、外注、何もしない選択肢も含まれる。

新規事業のフェーズでは、間接競合の方が重要なことが多い。なぜなら、直接競合との戦いより、「今のやり方を変えてもらう」ことの方が難易度が高いケースが多いからだ。顧客が今どのような代替手段を使っているかを理解せずに進むと、なぜ採用されないかが分からなくなる。

ステップ2 ── 競合の「誰に何を売っているか」を整理する

競合の機能リストを並べることには、大きな意味がない。それより重要なのは、競合が誰にどんな価値を提供しているかの整理だ。顧客セグメントと価値提案の2軸でマッピングすると、競合がカバーしている領域と、カバーしていない領域が見えてくる。

「機能の比較」より「価値の提供先の比較」の方が、戦略的に意味のある示唆を与えてくれる。競合がターゲットにしていない顧客セグメントや、解決できていない課題の側面こそが、自社が入る余地になる。

ステップ3 ── 顧客が競合を選ぶ理由を調べる

競合のレビューサイト、口コミ、事例ページを読むと、「なぜこれを選んだか」「どこが良かったか」「何に不満を感じているか」が分かる。これは競合の強みと弱みを理解するためのデータであると同時に、顧客が何を重視しているかを知るための情報でもある。

競合の事例ページは特に参考になる。どの業種・規模の顧客が採用しているか、どんな課題を解決したと言っているか。このデータを読むことで、競合が狙っている市場の輪郭が見えてくる。

ステップ4 ── 自社が入れる「空白」を探す

競合分析の最終的な目的は、自社が入れる空白を見つけることだ。全市場で競合に勝とうとする必要はない。特定のセグメントで、特定の課題に対して、特定の提供方法で勝てる領域があれば十分だ。

競合が手薄にしている顧客層(規模・業種・地域)、競合が解決できていない課題の側面、競合が使っていない流通チャネルや提供形式。この3つの軸で空白を探すと、自社の戦い方が具体的になってくる。

ステップ5 ── 競合分析を「更新し続ける」

競合分析は一度やって終わりではない。市場は動く。競合も動く。自社も変わる。半年前に有効だった差別化ポイントが、今は競合に追いつかれているケースは珍しくない。

新規事業の初期フェーズでは、3ヶ月ごとに競合状況を見直すくらいのペースが適切だ。特に、競合が調達を発表した、新機能をリリースした、ターゲット市場を変えたというタイミングは、すぐにアップデートする価値がある。

よくある失敗

競合分析にはよくある落とし穴がある。3つに絞って整理する。

ひとつ目は、有名な大手競合だけを調べて「勝てない」と諦めることだ。大手競合に全方位で勝つ必要はない。特定のセグメントや課題の領域で上回ることができればいい。大手が苦手とする小回りや、特定業種への深さで戦えるケースは多い。

ふたつ目は、機能比較表を作って満足することだ。「自社はこの機能があって、競合にはない」という整理は資料としては見栄えがいい。しかし、機能があることと、顧客にとって使いたいと思える価値があることは別の話だ。機能の優劣より、顧客が感じる価値の優劣の方が重要だ。

みっつ目は、競合調査に時間をかけすぎて、顧客に話を聞かないことだ。競合分析は机上での仮説整理に過ぎない。その仮説は顧客インタビューで検証される。分析に時間をかけすぎると、顧客に話を聞く時間が削られる。本末転倒だ。

競合分析と顧客インタビューはセットで使う

競合分析と顧客インタビューは、別々のタスクではなくセットで機能するものだ。

競合分析で得られるのは、「どんな選択肢が市場にあるか」という構造の把握だ。顧客インタビューで得られるのは、「なぜその選択肢が選ばれているか(または選ばれていないか)」という動機の理解だ。この2つを組み合わせることで、初めて「自社が入れる余地」の仮説が精度を持つ。

顧客インタビューの中で「今はどのように課題を解決していますか?なぜそのやり方を選んでいますか?」という質問をするだけで、競合分析と顧客理解の両方のデータが取れる。競合分析の仮説をインタビューで確認し、インタビューで得た情報で競合分析をアップデートする。このループが回ると、市場への理解が急速に深まる。

よくある質問

Q: 競合がスタートアップや大手企業の場合、どう対応すればいいですか?

競合がスタートアップの場合、動きが速く機能が変化しやすい。資金調達状況や採用情報を定期的に追うと、方向性が見えやすい。競合が大手企業の場合、意思決定の遅さや特定セグメントへの対応の弱さが空白になりやすい。大手が本気で入ってきたとしても、その時点での自社の顧客基盤や関係性が防衛になる。いずれも「全面対決を避け、自社が勝てる領域に集中する」という戦略は共通だ。

Q: 競合分析にかけるべき時間はどのくらいですか?

初回の競合分析には1〜2週間程度が目安だ。主要な直接競合を5〜10社、間接競合を3〜5種類程度カバーできれば、最初の仮説を立てるには十分だ。それ以上時間をかけると、調査のための調査になりやすい。「これだけ分かれば顧客に仮説を持って話せる」というラインを意識することが重要だ。その後の更新は、四半期ごとの定期レビューと、大きな変化があった時のスポット対応で対応できる。

Q: 競合の価格情報はどうやって調べますか?

公開されている料金ページが最初の情報源になる。非公開の場合は、実際に問い合わせて見積もりを取るか、業界のコミュニティや口コミサイトで断片的な情報を集めることになる。また、競合の顧客(できれば解約した顧客)に話を聞けると、実際の契約金額や条件を把握できることがある。価格情報は完全に把握することは難しいが、「大体このレンジ」という感覚を掴むことを目標にするのが現実的だ。

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