「市場規模3兆円のうち1%を取れれば300億円」——新規事業の計画書でよく見るこの計算の何が問題か、考えたことはあるだろうか。数字自体は間違っていない。1%×3兆円=300億円は算数として正しい。問題は「なぜ1%をあなたが取れるのか」が一切語られていないことだ。
「市場規模は十分大きいはずだったのに、売上がついてこない」——新規事業の失敗談で繰り返されるこのパターンの原因は、市場規模の数字の読み方にある。本記事ではTAM・SAM・SOMの正しい使い方と、市場規模の見立てで失敗しないための実践方法を解説する。
市場規模の3層構造——TAM・SAM・SOM
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- TAM(Total Addressable Market):その製品・サービスが理論上獲得しうる市場の総量。事業の上限を示す
- SAM(Serviceable Addressable Market):自社のビジネスモデル・地域・チャネルで現実的に届く範囲の市場
- SOM(Serviceable Obtainable Market):競合状況と自社のリソースを踏まえて、実際に獲得を狙える市場。初期の事業計画の根拠になるのはここ
失敗する事業計画の典型は、TAMの大きさを根拠に売上計画を立てることだ。「市場は1,000億円。1%取れれば10億円」という計算には、なぜ1%取れるのかの根拠がない。
「市場の1%」の罠——なぜその1%があなたに来るのか
市場規模を使った売上計画の最大の誤りは、シェアの根拠が「足し算」ではなく「割り算」になっていることだ。1,000億円÷100=10億円という計算は、市場を均等分配した時の数字であり、現実の市場競争とは全く関係がない。
市場で1%を取るためには「なぜあなたの事業が選ばれるのか」の理由が必要だ。競合他社との違い、ターゲット顧客の特定、顧客獲得コストと速度の見通し——これらが揃って初めて「1%」という数字に意味が出る。根拠のない「1%」は、計画書を膨らませるための飾りにすぎない。
市場規模の見立てで起きる3つの失敗
- TAMの過大評価:関連市場をすべて足し合わせて市場を大きく見せる。投資家向け資料では通っても、実際の顧客獲得では何の意味も持たない
- 「市場の1%」の罠:シェアの根拠が積み上げではなく願望になっている。獲得できる顧客数×単価の積み上げ計算と一致しない計画は機能しない
- 市場の質の見落とし:規模はあっても、購買頻度が低い・意思決定が遅い・価格感度が高いなど、市場の質が事業モデルと合わないケース
正しい市場見立ての手順①:どの顧客セグメントに何を売るかを特定する
「中小企業向けSaaSの市場は〇〇億円」という数字は参考にはなるが、事業計画の根拠にはならない。必要なのは「従業員50〜100人、製造業、関東圏、在庫管理に課題を持つ企業」というセグメントの特定だ。セグメントが特定できると、そのセグメントに何社いるか、どうやって届けるか、単価はいくらか、という具体的な計算が始められる。
セグメントの特定が甘いまま「市場規模は大きい」と言っているうちは、事業の解像度がまだ足りていない。最初の100社を具体的に言えるかどうかが、事業計画の質を測る基準になる。
正しい市場見立ての手順②:そのセグメントの規模と到達可能性を確認する
セグメントを特定したら、そのセグメントに何社(何人)いるかを数える。業界団体の統計・帝国データバンクの企業データ・官公庁の統計から概数を出す。次に、そのセグメントに自社がどうやって届くかの経路(チャネル)と、その経路で獲得できる見込み数を見積もる。
ここで重要なのは「到達可能性」だ。セグメントに1万社いても、自社の営業力・予算・ネットワークで接触できるのが年間100社なら、初年度の上限は100社だ。この現実的な上限を持ってSOMを計算することで、初めて意味のある売上計画が作れる。
正しい市場見立ての手順③:競合と自社の違いをどう評価するか
同じセグメントを競合も狙っている場合、自社がどれだけの割合を取れるかは、競合との違いで決まる。「競合より安い」「機能が優れている」だけでは根拠として弱い。「競合が解決できていない、このセグメントの特定の課題を、自社だけが解決できる」という差別化の具体性が必要だ。
競合分析で有効なのは、競合の既存顧客(特に、競合から離れた顧客)にヒアリングすることだ。離れた理由・選ばなかった理由の中に、自社が入る余地が見える。
実践——市場規模は「下から」積み上げる
信頼できる市場規模の見立ては、トップダウン(統計から割り算)とボトムアップ(顧客数×単価×獲得率の積み上げ)の両方で計算し、2つの数字を突き合わせることで得られる。ボトムアップの計算ができないなら、それは顧客の解像度が足りていないというサインだ。
さらに重要なのは、初期市場の規模だ。事業の最初の足場となるニッチセグメントに、最低限の事業が成立する顧客数がいるか。全体市場の大きさより、最初の100社・1,000人がどこに具体的にいるかの方が、立ち上げ期には重要になる。
事業計画書での使い方
事業計画書でTAM・SAM・SOMを使う場合、三つを順番に示すことで「市場の大きさ(TAM)→自社が届ける範囲(SAM)→初期の獲得目標(SOM)」という論理を作る。重要なのは、SOMからボトムアップで売上計画を作り、TAMはその「上限の参照値」として使うことだ。SOMから始まる計画は現実的で、TAMから始まる計画は楽観的になりやすい。
オルアナの視点——小さく見える市場にこそ機会がある
大きな市場は誰の目にも見えており、競合も資本も集まる。一方、統計に表れない「小さく見える市場」には、課題が深いのに解決策が届いていない空白が残っている。中小企業の新規事業が狙うべきは、この空白だ。市場規模の数字は参考情報であり、目の前の顧客の課題の深さこそが、事業の本当の根拠になる。
よくある質問
Q. 市場規模のデータはどこで入手できますか?
官公庁の統計(経済センサス・業界別統計)、業界団体のレポート、調査会社の市場レポートが基本です。無料で入手できる統計とボトムアップの試算を組み合わせれば、初期の検討には十分な精度が得られます。
Q. ニッチ市場を狙う場合、市場規模が小さすぎる心配はありませんか?
最初の足場としての市場が小さくても、隣接する市場への展開を見据えた「ビーチヘッド戦略」として設計することが有効です。最初のニッチで深く成功した実績が、次のセグメントへの信頼になります。初期の市場規模より「そこで確実に勝てるか」の方が重要です。
よくある質問
Q. 市場規模のデータはどこで入手できますか?
官公庁の統計(経済センサス・業界別統計)、業界団体のレポート、調査会社の市場レポートが基本です。無料で入手できる統計とボトムアップの試算を組み合わせれば、初期の検討には十分な精度が得られます。
Q. ニッチ市場を狙う場合、市場規模が小さすぎる心配はありませんか?
初期市場としてのニッチと、事業の最終的な市場は分けて考えます。最初の足場として小さな市場を確実に取り、隣接セグメントへ拡張していく戦略であれば、ニッチからのスタートはむしろ定石です。
Q. 市場規模の試算は事業計画書にどこまで書くべきですか?
TAM・SAM・SOMの3層と、SOMのボトムアップ計算の根拠(想定顧客数×単価×獲得率)を示すことを推奨します。計算の前提を明示することで、数字の妥当性を検証可能な形にしておくことが重要です。
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