「うちには、新規事業を任せられる人間がいないんですよ」。この言葉を、経営者から何度も聞いてきた。言葉の裏には、微妙な疲労感がある。何度か探して、試して、うまくいかなかった、という経験が滲んでいることが多い。

ただ、この言葉をそのまま受け取ると、本当の問題を見失う。「人がいない」という表現は正確ではないからだ。正確に言えば、こうなる——「新規事業に必要なスキルを持つ人間が、社内にいない」。これは、採用の問題でも、人材育成の怠慢でもない。構造的に、当たり前のことが起きているだけだ。

既存事業を上手く回せる人の共通点

既存事業を安定して回せる人間には、ある種の共通した資質がある。確実性を高めること、再現性のある手順を守ること、例外を少なくすること、期待値通りに動くこと。これらが積み重なって、組織は安定する。

この資質は、本物だ。大切にすべきものだ。顧客との信頼関係を守り、品質を維持し、毎月の売上を積み上げるためには、こうした人間が不可欠だ。

ところが、新規事業に必要なのは、真逆に近いスキルセットだ。

新規事業で求められる、まったく別の動き方

新規事業の初期段階でいちばん大事なのは、不確かさの中を進む力だ。正解がない状況で仮説を立て、小さく試して、外れたらすぐに修正する。このサイクルを、迷わずに回し続けること。

既存事業の現場では、「外れたら修正」ではなく「外れないようにする」が正解だ。ミスは許されず、計画通りであることが評価される。当然、そこで働く人間はそういう動き方に最適化される。

新規事業の最初期は、「外れること」が前提だ。顧客ニーズを読み違える、競合を見落とす、想定より市場が小さい——こうした「外れ」を早く発見して学ぶことが、仕事の中心になる。これは、既存事業の優秀なメンバーにとって、直感的に受け入れがたい動き方だ。

さらに言えば、新規事業には「この方向でいいのか」を判断するための、ある種の経験値が必要だ。仮説の立て方、検証の設計、顧客インタビューの進め方。こうした手技は、既存事業の現場では身につかない。やったことがなければ、手が止まるのは当然だ。

「優秀な人なのに動けない」が起きる理由

よくあるのが、既存事業で実績のある優秀なメンバーを新規事業に任命したが、なぜか動けない、というケースだ。本人も困惑している。何が正解かわからない。何を調べればいいかわからない。そもそも、どう動き出せばいいかわからない。

これを見て、「やはり向いていないのか」と判断するのは早い。向いていないのではなく、経験がないだけだ。経験がないのに、経験が必要な仕事を任されている。それだけの話だ。

新規事業には特有のリズムがある。アイデアを言語化する、顧客に当てる、フィードバックを咀嚼する、仮説を修正する、また当てる。このリズムを体に染み込ませるには、実際にやり続けるしかない。でも、やり続けるためには、最初のガイドが必要だ。

「人事問題」として解こうとすると、ずっと解けない

「新規事業ができる人を採用しよう」という発想も、わかる。ただ、落とし穴がある。新規事業経験者は少なく、採用コストが高い。入社しても、その会社の事業文脈を理解するのに時間がかかる。そして何より、一人の採用者に「新規事業を立ち上げ切る」ことを期待するのは、負荷が重すぎる。

本当に必要なのは、スキルを持った人間を「中に入れる」ことより、スキルを持った人間と「横並びで動く」体制だ。新規事業の初期フェーズに詳しい外部のパートナーが横にいれば、社内メンバーのスキルを育てながら、同時に事業を前に進めることができる。社内の人間は、外部パートナーと一緒に動くことで、新規事業のリズムを体で覚えていく。これが、最も現実的な「新規事業ができる人を作る」方法でもある。

問題の正体を正確に見る

「任せられる人がいない」という言葉を、人材不足の問題として処理してしまうと、ずっと答えが見つからない。正確には、「新規事業フェーズに必要なスキルが、社内に蓄積されていない」という問題だ。

この見立てが正しければ、打ち手が変わる。採用だけが答えではなくなる。外部との協働、スキルの移転、体制の設計——複数の選択肢が見えてくる。問題の正体を正確に見ることが、最初の一歩だ。

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「人がいない」ではなく「スキルがない」——だから、外部と組む。

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