新規事業の担当に任命されてから1年、何かが違うと感じながらも言語化できない。そういう人に何度か会ってきた。熱意がないわけではない。むしろ最初は燃えていた。それでも1年後には、静かに疲弊している。

これは個人の問題ではないと思っている。担当者が燃え尽きる会社には、いくつか共通した構造がある。

「やってみて」と言われたまま、何も決まっていない

新規事業の担当になると、最初に「自由にやっていい」と言われることが多い。が、その言葉の裏に何があるかといえば、予算の上限も、撤退の基準も、意思決定のルートも、何も決まっていないことがほとんどだ。

自由に見えて、実際には「何も整っていない」状態で放り出されている。担当者は手探りで動き始めるが、何かを決めようとするたびに「まず上に聞かないと」となる。小さなことに時間がかかり、気づけば3ヶ月が経っている。

このとき担当者は「自分の動き方が悪いのかもしれない」と思い始める。構造の問題を、自分の能力の問題として引き受けてしまう。これが消耗の始まりだ。

既存事業の論理で、新規事業を評価される

四半期ごとの報告が来る。そこで求められるのは数字だ。売上見込み、顧客数、回収時期。既存事業なら当然の指標だが、まだ仮説検証の段階にある新規事業に同じ物差しを当てられると、担当者は「まだ出せない」という言い訳を繰り返すしかなくなる。

経営陣は無理を言っているつもりはない。ただ、彼らが知っている評価の枠組みが既存事業のものしかないから、それを使ってしまう。担当者はその場をなんとかしのぐために、実態より楽観的な数字を出すか、あるいは「まだ準備中」という曖昧な状態を長引かせるかのどちらかに向かっていく。

どちらも事業を前に進めない。そして担当者だけが疲弊していく。

相談できる人間が、社内にいない

新規事業の担当は孤独になりやすい。既存事業の同僚は忙しく、しかも文脈が違いすぎて話が通じにくい。上司は意思決定者だから、弱音を見せる相手にはなりにくい。

外部のコンサルタントや支援機関に相談するケースもあるが、「きれいな方法論を持ってきて終わる」という経験を一度でもすると、その手の支援への信頼は薄れる。担当者は次第に、自分の判断だけで動くしかない状況に追い込まれていく。

判断の孤独は、思考の停滞につながる。誰かに話すことで整理できるはずのことが、頭の中でぐるぐると回り続ける。手は動いているのに、何も前に進んでいない感覚が続く。

「失敗したら終わり」という空気が、仮説検証を止める

新規事業は仮説を立てて検証することの繰り返しだ。検証は失敗を前提にしている。試してみて、うまくいかなければ方向を変える。それが正しいプロセスだ。

ところが会社の空気として「失敗した取り組み」への視線が冷たいと、担当者は検証することを恐れ始める。うまくいきそうなものしか試さなくなる。結果として、実態のある仮説検証ができなくなる。

ここで生まれるのが「動いているけど何も変わらない」という状態だ。担当者は確かに動いている。でもリスクを取った動きができていないから、新しいことが何もわからないまま時間だけが経つ。焦りと虚無感が積み重なっていく。

担当者を変えても、構造が変わらなければ繰り返す

1年で担当者が疲弊して交代する。次の担当者が入る。また同じことが起きる。こういう会社を、いくつか見てきた。

問題は担当者の資質ではなく、担当者が置かれている構造にある。意思決定のルートが不明確で、評価の物差しが既存事業のものであり、相談できる相手がおらず、失敗が許容されない空気がある。そこに誰を置いても、同じように消耗していく。

構造を変えるには、担当者の努力だけでは難しい。担当者は構造の中にいるから、構造そのものを見渡しにくい。外から全体を見て、どこに詰まりがあるかを一緒に考える存在が、早い段階で必要になる。

担当者が燃え尽きる前に動けるか

この話をすると「うちの話だ」と言う人がいる。現状を言語化されると、少し楽になることがある。問題が自分の外にあると気づくだけで、視点が変わることがある。

もし今、手応えのなさや孤独を感じているなら、それはあなたの能力の問題ではない可能性が高い。構造の問題を、まず正直に見てみることから始めていい。

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担当者が燃え尽きる前に、構造を変える。

オルアナは自社でSaaS「Paqut」をゼロから立ち上げた経験を持ちます。何が詰まるかを体で知っているから、担当者と並走しながら事業を前に進めます。受け持つ数を絞り、深く入るスタイルです。

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