「田中さん、去年のストレスチェックの受検者リスト、まだ人事フォルダに残ってましたっけ」入社3年目の人事担当、佐藤は9月の実施時期を前に、去年のExcelファイルを探し出していた。従業員50名分の氏名を一行ずつ並べ、受検済みなら「○」、未受検なら空欄にする、その程度の管理表だ。だが去年のファイルを開いてみても、誰にいつ督促のメールを送ったのか、高ストレスと判定された人に面談の案内が届いたのかどうか、そこまでは記録が残っていなかった。前任者から引き継いだのは「毎年こうやってるので」という一言だけだった。

実施日の1週間前になって、外部の実施機関からメールで受検状況の速報が届く。50名中38名が受検済み。残り12名が誰なのか、名簿と突き合わせるところから始まる。突き合わせを終えた頃には期限まで3日しかなく、佐藤は未受検者への督促メールを慌てて一斉送信した。そして実施後しばらくして、集団分析結果と一緒に送られてきた高ストレス者リストを見て、佐藤は青ざめた。リストの中に、2週間前に督促メールを送った相手の一人が含まれていたのだ。面談の案内を送るべきだったが、督促対応に追われるうちに、それを忘れていた。上司に報告すると「これ、去年も似たようなことがあったよね」と言われ、返す言葉がなかった。

なぜストレスチェック管理はExcel・手作業だと崩壊しやすいのか

一つ目の理由は、年に一度しか発生しない作業だということだ。日常的に触れる業務ではないため、担当者は毎年ゼロから手順を思い出すところから始めることになる。去年どんなファイルをどう管理していたか、督促のタイミングはいつだったか、そうした運用知識は個人の記憶に依存し、担当者が異動すればそのまま失われる。

二つ目の理由は、外部の実施機関から届く受検結果データと、社内で管理している従業員名簿との突き合わせが煩雑なことだ。実施機関側のシステムと自社の人事データは別々に存在しており、氏名の表記ゆれや異動・退職による名簿の変化を踏まえながら、誰が受検済みで誰が未受検かを人力で照合しなければならない。この照合作業自体が時間を食い、本来注力すべき未受検者へのフォローに手が回らなくなる。

三つ目の理由は、高ストレス者への面談案内という業務が、個人情報保護の観点から人事の一部の担当者しか扱えないという構造にある。ストレスチェックの結果は労働安全衛生法上、本人の同意なく事業者に共有してはならない機微な情報だ。そのため対応できる人が限られ、その担当者が他の業務に追われていたり不在だったりすると、面談案内の送付が後回しになる。属人化した業務は、担当者の負荷状況によって進捗が左右されてしまう。

放置するとどうなるか

ストレスチェックは常時50人以上の事業場において、労働基準監督署への実施結果報告が義務付けられている。受検状況や高ストレス者対応の記録が曖昧なまま報告書を作成すれば、内容の不備や虚偽記載につながりかねず、行政指導の対象となるリスクがある。

さらに深刻なのは、高ストレスと判定された従業員へのフォローが漏れることで、メンタルヘルス不調の兆候を見逃してしまうことだ。面談案内が遅れたり届かなかったりすれば、本人が声を上げる機会を失い、休職や離職に至るケースも起こり得る。そしてもし従業員がメンタルヘルス不調で健康を損なった場合、企業には安全配慮義務違反を問われる可能性がある。ストレスチェックを実施していたにもかかわらず、その後のフォローが機能していなかったことが明らかになれば、訴訟に発展するリスクも否定できない。年に一度の管理表の抜け漏れが、従業員の人生と会社の信頼を同時に損なうことにつながる。

仕組み化する方法

従業員名簿と受検状況の自動突き合わせによる未受検者の可視化

実施機関から届く受検状況データと、社内の従業員名簿をシステム上で自動的に突き合わせる仕組みを整えれば、誰が未受検なのかをリアルタイムで把握できる。氏名の表記ゆれや異動情報も名簿側で一元管理しておけば、照合作業に人手を割く必要がなくなり、担当者は督促や個別対応そのものに時間を使えるようになる。

高ストレス者面談フローの自動化と個人情報アクセス権限の適切な分離

高ストレスと判定された従業員への面談案内は、システム上で自動的にトリガーされる仕組みにしておくことで、担当者の記憶や手作業に依存しなくなる。同時に、この情報にアクセスできる人物を役割に応じて厳密に権限分離しておけば、個人情報保護の要件を満たしながら、対応できる人が一人しかいないという属人化のリスクからも解放される。

集団分析結果を部署別に自動集計してダッシュボード化すること

集団分析の結果を部署やチーム単位で自動集計し、経営層や管理職が見られるダッシュボードとして可視化しておけば、職場環境の改善に向けた議論を、翌年のデータが出るまで待たずに進められる。数値の推移を継続的に追えるようになることで、ストレスチェックが単なる年中行事ではなく、組織づくりの材料として機能し始める。

導入時の注意点

ストレスチェックの結果は、健康情報の中でも特に機微な個人情報にあたる。仕組み化にあたっては、誰がどの情報にアクセスできるのかを役割ごとに明確に設計し、本人の同意なく高ストレス者情報が事業者側の一般の人事評価担当者などに渡らないよう、システムレベルで権限を分離することが欠かせない。

また、外部の実施機関とのデータ連携方法も事前に確認しておく必要がある。実施機関によってデータの提供形式や連携の可否はさまざまであり、自社のシステムとどう接続するかを導入前にすり合わせておかないと、結局は手作業での取り込みに逆戻りしてしまう。あわせて、督促や面談案内のタイミング、対応記録の残し方といった運用ルールを文書化しておくことで、担当者が変わっても同じ質の対応を継続できるようになる。

現実的な進め方

すべてを一度に仕組み化しようとする必要はない。まずは受検状況の可視化、つまり誰が受検済みで誰が未受検かをリアルタイムで把握できる状態を作ることから始めるとよい。これだけでも、期限直前の混乱は大きく減る。次の段階として、高ストレス者への面談案内フローと権限管理を整備し、機微な情報が確実かつ安全に届く仕組みを作る。そして最後に、集団分析結果のダッシュボード化に進み、ストレスチェックを組織改善のサイクルに組み込んでいく。年に一度の作業だからこそ、一段ずつ、翌年も再現できる形で積み上げていくことが、結果的に一番の近道になる。

壁を越えて働く人たちへ

ストレスチェックの管理は、地味な事務作業に見えるかもしれない。しかしその一枚のリストの向こうには、期限に追われながらも従業員の心の健康を守ろうとする担当者の姿があり、声にならないSOSを誰かに気づいてほしいと願う従業員の姿がある。仕組みが整っていないという理由だけで、その願いが届かなくなることがあってはならない。

私たちオルアナは、名古屋から、そうした壁に向き合う人たちのそばに立ちたいと考えている。年に一度の作業に追われる担当者の時間を取り戻し、支援を必要とする一人ひとりに、確実に手を差し伸べられる仕組みを届けること。それは、単なる業務効率化ではない。壁を越えて働く人たちが、本当に届けたいものを届けられるようにするための、私たちの仕事だ。