「この市場、いけると思ったのに、いざ参入したら思ったより小さかった」——新規事業の失敗談として、最も多く耳にするのがこのパターンです。

アイデアへの熱量は本物だった。チームも本気で動いた。でも、市場そのものの天井が低すぎた。

市場規模の試算は、新規事業における最初の「現実確認」です。夢を壊すためにやるのではなく、正しい賭けをするためにやる。そのための地図を手に入れる作業です。

この記事では、新規事業を検討している経営者・事業担当者に向けて、市場規模の試算を3つのステップで整理します。難しい数式は使いません。公的な統計データとロジックさえあれば、今日から始められます。

市場規模を試算しないと何が起きるか

多くの中小企業が新規事業に失敗する理由のひとつは、「手応え」を「市場の大きさ」と混同してしまうことです。

顧客ヒアリングで10人から「欲しい」と言われた。SNSの反応が良かった。でも、その「欲しい」が全国で10万人なのか、1000人なのかによって、事業としての意味はまったく変わります。

試算をしないまま参入すると、以下のような事態が起きます。

まず、投資回収の見通しが立てられません。初期費用を回収するために必要なシェアを計算したとき、現実的に獲得できる市場が小さすぎれば、どれだけ頑張っても黒字化できません。

次に、価格設定がずれます。市場が狭ければ単価を上げなければ成立しない。でも顧客が許容できる価格には上限がある。そのギャップに参入後に気づいても、すでに手遅れです。

さらに、撤退判断が遅くなります。市場規模の見通しがないと、「まだやれるかもしれない」という感覚で投資を続けてしまいます。試算があれば、どこかの時点で「これ以上続けても市場の壁がある」と判断できます。

市場規模の試算は、参入の背中を押すためだけにあるのではありません。むしろ「やめる根拠」を持つためにも必要な作業です。

TAM・SAM・SOMとは何か

市場規模を語るうえで外せない3つの概念が、TAM・SAM・SOMです。ベンチャー投資の世界では当たり前に使われますが、中小企業の新規事業においても非常に実用的なフレームです。

TAM(Total Addressable Market):全体市場

TAMは、自社のビジネスが理論上アプローチできる市場の最大規模です。「世界中の人がこのサービスを使ったら」という前提で計算します。

例えば、法人向けの労務管理クラウドを開発するとします。TAMは「国内の法人数 × 1社あたりの年間支出額」で計算できます。現実的かどうかよりも、市場の上限を把握するための数字です。

SAM(Serviceable Available Market):実際にアプローチできる市場

SAMは、TAMのうち自社が実際に届けられる範囲に絞った市場規模です。地域、業種、顧客規模、チャネルなどの制約を加えて計算します。

先ほどの例で言えば、「首都圏・従業員50人以下・IT導入補助金が使える業種」に限定した場合の市場規模がSAMです。

SOM(Serviceable Obtainable Market):現実的に獲得できる市場

SOMは、SAMのうち自社が実際に獲得できる現実的なシェアの規模です。競合他社の存在、営業リソース、認知度などを考慮して算出します。

「SAMのうち5%を取れる」という仮定を置いたときの金額がSOMです。これが、事業計画における売上予測の根拠になります。

この3層構造で考えることで、「市場はこんなに大きい(TAM)」から「自社が実際に戦う市場はここ(SAM)」、「初年度に狙えるのはこの規模(SOM)」という論理が整います。

中小企業の新規事業では、TAMの壮大さよりもSOMの現実感が重要です。「市場が大きい」ことより「自社が取れる分があるか」が問われます。

市場規模を試算する3ステップ

では、実際に市場規模をどうやって試算するか。大きく3つのアプローチがあります。トップダウン、ボトムアップ、そしてクロスチェック。この順番で進めると、数字の精度と説得力が格段に上がります。

ステップ1:トップダウン試算で全体像を掴む

トップダウン試算とは、既存の統計データや調査レポートを起点に、自社の市場規模を推計する方法です。

手順はシンプルです。

まず、自社のビジネスが属する市場カテゴリを定義します。「健康食品市場」「法人向けクラウドサービス市場」「中小企業向け人事労務支援市場」など、なるべく具体的に絞ります。

次に、その市場の統計データを探します。業界団体のレポート、経済産業省・総務省の統計、民間調査会社のプレスリリースなどが参考になります(データの探し方は後述します)。

そのデータから、自社がアプローチできる範囲をフィルタリングします。地域・業種・規模感・購買力などで絞り込んでいく作業です。

例を示します。

「地方中小企業向けのBtoBマーケティング支援事業を始めたい」とします。

国内のBtoBマーケティング市場規模は年間で数兆円規模と言われています。そのうち中小企業向けは全体の20〜30%程度とすると、1兆円前後。さらに「地方(三大都市圏以外)」に絞ると50〜60%程度が該当するため、5000〜6000億円規模がSAMの上限感として見えてきます。

この段階では精度よりも「オーダー感」を掴むことが目的です。市場が数百億円規模なのか数兆円規模なのかで、事業の設計は根本から変わります。

ステップ2:ボトムアップ試算で現実的な数字を積み上げる

ボトムアップ試算とは、顧客一件あたりの単価と想定顧客数から、売上ポテンシャルを積み上げる方法です。トップダウンと逆方向から計算することで、数字の確かさが増します。

手順は以下の通りです。

まず、顧客1件あたりの年間単価を設定します。月額サービスなら「月額 × 12ヶ月」、スポットなら「平均案件単価 × 年間発注頻度」で計算します。

次に、自社がアプローチできる顧客総数を推計します。ターゲットとなる業種・規模・地域の企業数を、帝国データバンク・経済センサスなどで調べます。

最後に、単価 × 顧客総数を計算し、それに対して現実的に獲得できるシェア率(1〜5%程度)をかけます。これがSOMの算出結果です。

先ほどの例で続けます。

「月額30万円 × 12ヶ月 = 年間360万円」が1社あたりの売上。地方の中小企業でマーケティング支援に年間300万円以上を払える企業は、経済センサスと企業規模データから推計すると数万社程度。そのうち1%を獲得できれば、売上規模は数百社 × 360万円 = 数十億円の市場が視野に入ります。

このステップの重要な意味は、「自社の営業力・供給力と市場規模を接続できること」です。トップダウンで大きな数字を出すだけでなく、「自社が現実的に動かせる数字」まで落とし込む作業です。

ステップ3:クロスチェックで数字を検証する

トップダウンとボトムアップの両方で試算したら、次はその数字を照合します。2つのアプローチから得られたSOMが概ね一致していれば、試算の信頼性は高いと言えます。

もし大きくずれていたら、どこかの仮定が甘いサインです。「顧客単価が高すぎないか」「アプローチ可能企業数の根拠は正しいか」「市場全体の統計データが古くないか」を再確認します。

また、クロスチェックのもうひとつの方法として、類似事業・先行事例との比較があります。同じ市場で先に動いている企業の売上規模や顧客数が公開されていれば(上場企業なら有価証券報告書、プレスリリースなど)、それを参照することで試算の精度を上げられます。

3つのステップを終えると、「この市場はこの規模で、自社は初年度にこのくらいを狙える」という数字に、論理的な根拠が生まれます。

公的統計・業界データの探し方

市場規模試算で最も詰まるポイントが、「どこからデータを持ってくるか」です。お金をかけずに使える公的データは、実は豊富にあります。

経済産業省・総務省の統計

経済産業省の「工業統計調査」「特定サービス産業実態調査」、総務省の「経済センサス」「就業構造基本調査」は、業種別・地域別の事業者数・売上規模を調べるのに役立ちます。

e-Statというポータルサイト(政府統計の総合窓口)から無料でアクセスでき、Excelデータをダウンロードできます。

業界団体・業界誌のレポート

業界団体(例:日本フランチャイズチェーン協会、日本情報システム・ユーザー協会など)は、定期的に市場規模の調査結果を公表しています。業界誌のウェブサイトにも無料公開のデータが多くあります。

「〇〇業界 市場規模 統計」で検索し、団体や官公庁が出している一次データを優先的に使いましょう。

民間調査会社のプレスリリース

大手調査会社は詳細レポートを有料販売していますが、プレスリリースとして市場規模の概要数値を無料公開していることが多いです。Google検索で「〇〇市場 規模 調査 2024」と検索すると、こうした情報がヒットします。

あくまで概数の把握に使い、詳細な内訳は別途ボトムアップで補完するのが現実的なやり方です。

帝国データバンク・東京商工リサーチのデータ

ターゲット企業数を算出するには、企業データベースが便利です。帝国データバンクや東京商工リサーチは有料ですが、企業数の概算であれば国税庁の「法人番号公表サイト」や総務省の経済センサスで代替できます。

市場規模試算の落とし穴:数字の過大評価を防ぐ

市場規模試算で最も危険なのは、「試算したいがために数字を積み上げる」行為です。結論ありきで計算するバイアスは、誰にでも起きます。

落とし穴1:TAMをSOMと混同する

「この市場は1兆円ある」という言い方は、多くの場合TAMの話です。でも、その1兆円のうち自社が現実的に取れる分はごくわずかです。1兆円市場でSOMが1億円ということは十分ありえます。

事業計画の売上予測にTAMを使うのは危険です。必ずSOMまで落とし込んでください。

落とし穴2:「欲しいという人が多い」を市場規模と混同する

顧客ヒアリングで「興味がある」と言った人が多くても、それが「お金を払う」ことを意味するとは限りません。「無料なら使う」「いつか検討する」という反応は、市場の証拠にはなりません。

市場規模の試算では、「実際に購買が発生している取引の総額」を基準にしてください。潜在市場と現実市場の区別が重要です。

落とし穴3:成長率を過大に見込む

「この市場は毎年10%成長している」というデータがあったとして、その成長が自社に適用されるとは限りません。市場全体の成長と、自社が参入した場合の売上成長は別の話です。

特に新規参入の場合、最初の1〜2年は市場成長率よりも「認知・信頼の獲得」が先行します。成長率の楽観的な積み上げには注意が必要です。

落とし穴4:既存プレイヤーの存在を軽視する

市場があっても、そこに既にシェアを持っているプレイヤーがいれば、後発の自社が入れるスペースは限られます。SAMを算出する際、競合がすでに取っているシェアを差し引いて考えることが必要です。

市場規模の試算は「市場全体の大きさ」を知るためだけでなく、「自社が入れる余地があるか」を判断するためにあります。

試算結果を事業計画に落とし込む方法

市場規模の数字が出たら、次はそれを事業計画に接続します。ここを丁寧にやることで、社内の意思決定や金融機関・投資家への説明に説得力が生まれます。

SOMから売上計画を逆算する

SOMとして算出した数字を起点に、「初年度・3年後・5年後」の売上目標を設定します。

SOMが5億円であれば、初年度は0.5〜1%のシェア(250〜500万円)、3年後に5〜10%(2500〜5000万円)、5年後に20〜30%(1〜1.5億円)といった段階的な目標設定ができます。

これはあくまで試算ですが、「数字の根拠がある計画」と「感覚だけの計画」では、社内外の信頼感がまったく異なります。

損益分岐点と市場規模を照合する

事業を黒字化するために必要な売上(損益分岐点)と、SOMを比較します。

損益分岐点がSOMの50%以上を必要とするなら、それは相当厳しい条件です。競合との競争の中で、市場の半分以上を自社が取ることを前提にしているからです。

損益分岐点をSOMの10〜20%以内に収められると、現実的な事業設計に近づきます。この照合をするだけで、「この事業は成立するか」の判断基準が明確になります。

市場規模が小さすぎた場合の選択肢

試算の結果、市場が小さすぎて事業として成立しないと分かった場合、選択肢は3つです。

ひとつは、ターゲットを広げてSAMを拡大する。地域・業種・顧客層の定義を見直して、市場の再設定をします。

ふたつ目は、単価を上げてSOMあたりの収益性を高める。顧客数は少なくても、1件あたりの単価が高ければ事業として成立することがあります。プレミアム化・コンサルティング化がこれにあたります。

みっつ目は、潔く撤退判断をする。試算段階でこの判断ができるのは、大きな損失を出してから気づくよりはるかに良いことです。試算は「やらない理由を見つける」ためにも使えます。

不確実性を明示して計画に組み込む

市場規模の試算は、あくまでも仮説です。現実と異なることは珍しくありません。

大切なのは、「どの仮定が外れたら計画が崩れるか」を明示しておくことです。

例えば「顧客単価が想定より20%低かった場合」「市場成長率が半分に留まった場合」「競合に30%のシェアを取られた場合」などのシナリオを事前に作っておくと、実際に事業が動き始めてからの意思決定が速くなります。

市場規模試算の精度よりも、「試算の構造を持っていること」「仮定を言語化していること」の方が、長期的には価値があります。

まとめ:数字と向き合うことが、事業の覚悟になる

市場規模の試算は、エクセルと公的データがあれば今日から始められます。難しいのは計算ではなく、「都合のいい数字を出さない」という姿勢を保つことです。

TAMで夢を描き、SAMで現実を見て、SOMで戦略を立てる。この3層のフレームは、シンプルですが強力です。

そしてここが重要です。試算をきちんとやり切った人は、事業への向き合い方が変わります。なぜなら、数字と格闘することで「自分が何に賭けているのか」が明確になるからです。市場規模の試算は、分析のためではなく、覚悟を決めるためにあるとも言えます。

岸本は、これまで多くの新規事業の立ち上げに関わってきました。その中で一貫して感じるのは、「数字に向き合うことを厭わない人が、最後まで走り切る」ということです。最初から完璧な試算など存在しません。でも、仮説を持って動き始めた人だけが、修正しながら前に進める。

市場規模の試算を終えたとき、その数字は単なる予測値ではなく、あなたの「事業への問い」になります。その問いを持ちながら動ける人を、オルアナは全力でサポートしたいと思っています。

一人で数字と格闘している経営者の方、試算の壁に当たっている事業担当者の方、もし「この方向性で合っているか確かめたい」と思ったら、ぜひご相談ください。一緒に、あなたの事業の地図を描きましょう。