「新規事業をやろう」と決めたその日から、経営者の頭を離れないのが人の問題です。誰に任せるか、何人つけるか、既存事業から引き剥がすのか、それとも空いた時間でやらせるのか。予算より先に、この体制の設計で足が止まってしまう経営者を何人も見てきました。
正解が一つに決まらないテーマだからこそ、多くの会社が「とりあえず兼任で」「様子を見て専任に」という玉虫色の判断で走り出し、半年後に「誰も本気になっていない」という壁にぶつかります。逆に、勢いで専任チームを立てたものの、権限も予算も渡さないまま放置して、専任者だけが孤立するケースも少なくありません。
新規事業の体制設計に絶対的な正解はありませんが、フェーズごとに変えるべき基準と、中小企業だからこそ陥りやすい失敗パターンははっきりしています。この記事では、兼任と専任それぞれの利点と弱点、事業の育ち方に合わせた人員配置の考え方、そして体制を決める前にチェックしておきたい項目を整理します。壁を壊す仕事は、まず壁の外側に何人立たせるかという設計から始まります。
兼任チームで新規事業を始めるメリットとデメリット
多くの中小企業が最初に選ぶのが、既存事業のメンバーに新規事業を兼任させる体制です。人件費を新たに積まないという発想は自然ですし、既存事業の顧客基盤や社内の信頼関係をそのまま持ち込めるという利点も確かにあります。
兼任のメリット
兼任体制の最大の強みは、社内の暗黙知をすぐに使えることです。既存事業の営業担当が新規事業も兼ねれば、既存顧客への提案の中で新しいサービスを試すことができますし、社内の決裁ルートや協力してくれる部署の温度感もすでに把握しています。ゼロから信頼関係を築く必要がない分、立ち上げの初速は出やすくなります。
もう一つの利点は、リスクを分散できることです。新規事業がうまくいかなかった場合でも、担当者は既存事業の仕事に戻ればよいため、会社としても個人としても後戻りがしやすい。特に探索段階でまだ市場の反応が読めないうちは、この身軽さが精神的な支えになります。
資金面での負担が小さいことも、中小企業にとっては現実的な魅力です。新たに人を採用したり、既存の社員を丸ごと配置転換したりする必要がないため、事業がまだ何も生み出していない段階でも取り組みやすい。特に、経営者自身がまだ市場性に確信を持てていない段階では、いきなり大きな投資判断をせずに済む兼任という選択肢が、心理的なハードルを下げてくれます。
兼任のデメリット
一方で、兼任には構造的な弱点があります。最も大きいのが、忙しい既存事業の仕事が常に新規事業より優先されてしまうことです。人は追い込まれると、締め切りが明確で評価にも直結する本業を優先します。新規事業は「余裕があるときにやるもの」という位置づけになり、気づけば数週間、誰も手をつけていないということが起こります。
もう一つの問題は、評価制度とのズレです。既存事業の売上や納期で評価される人に、成果が出るまで時間のかかる新規事業を任せても、本人にとっては評価されない仕事に時間を割いているという感覚が拭えません。悪気がなくても、無意識に優先順位が下がっていきます。
そして何より、兼任は「誰の責任か」が曖昧になりやすい体制です。複数人で兼任させると、進捗が止まったときに誰も自分事として動かず、会議の場で状況を確認するだけの時間が積み重なっていきます。これが冒頭で触れた「全員兼任で誰も本気にならない」という失敗の正体です。
専任チームで新規事業を始めるメリットとデメリット
兼任の弱点を解消する手段として語られるのが専任体制です。既存事業から人を外し、新規事業だけに集中させる。理屈の上では最も推進力が出るはずの体制ですが、実際には専任にしたからこそ生まれる別の課題もあります。
専任のメリット
専任体制の価値は、意思決定のスピードと集中力に表れます。既存事業の緊急対応に呼び戻されることがなければ、仮説を立てて検証し、修正して次の一手を打つというサイクルを止めずに回せます。新規事業はスピードが命の局面が多く、専任者が毎日同じテーマに向き合い続けられることの価値は非常に大きいものです。
また、専任にすることで「この事業を本気でやる」という社内へのメッセージにもなります。片手間ではなく専任チームを置いたという事実そのものが、協力を仰ぐ部署や取引先に対する説得材料になり、社内の空気も変わっていきます。
採用の観点でも、専任体制は効果を発揮します。新規事業に関心のある人材を社外から採用する際、「専任として本気で任せる体制がある」という事実は、候補者にとって大きな安心材料になります。逆に、面接で兼任前提の体制であることを伝えると、優秀な人材ほど本気度を疑い、選考を辞退してしまうことも少なくありません。
専任のデメリット
専任体制の落とし穴は、コストと孤立です。人件費をまるごと新規事業に振り向けるため、成果が出るまでの期間、その投資はそのままキャッシュアウトになります。特に中小企業では、専任者一人分の人件費でも経営への影響は決して小さくありません。
そしてもう一つ、見落とされがちなのが権限の問題です。専任にしたにもかかわらず、決裁権も予算枠も既存の組織構造のままにしてしまうと、専任者は「動きたくても社内の承認待ちで止まる」という状態に陥ります。本人は本気なのに、会社側の体制がそれに追いついていない。これが「専任にしたのに権限がない」という、中小企業に非常に多い失敗です。専任は覚悟のいる決断であると同時に、経営者自身がその覚悟に見合う権限移譲を行う責任を伴います。
さらに、専任チームは既存事業の現場から距離ができるため、社内の協力を得にくくなるという副作用もあります。日常的に顔を合わせなくなった専任者は「あの人たちは何をやっているのか分からない」と見られがちで、いざ協力を仰いだときに動いてもらえないという事態も起こり得ます。
この孤立は、専任チームの物理的な配置にも表れます。既存事業のフロアから離れた場所に専任チームの席を用意すると、当初は集中できる環境として好意的に受け止められますが、時間が経つにつれて社内の情報や雑談の輪から外れ、既存事業側の状況変化に気づきにくくなります。専任にするからこそ、意識的に既存事業側との接点を作る工夫が必要になるのです。
何人体制から始めるべきか、人数の目安
兼任か専任かという議論の前に、そもそも何人でスタートすべきかという相談を経営者からよく受けます。結論から言えば、最初から大人数を揃える必要はほとんどありません。むしろ、立ち上げ段階で人数を増やしすぎることが、後述するさまざまな失敗の遠因になっています。
目安として持っておきたいのは、最初の体制は「意思決定者一人+実働二、三人」という小さな単位です。人数が増えるほど、情報共有や合意形成に時間を取られ、動きが鈍くなります。新規事業の初期段階で本当に必要なのは、大勢の人手ではなく、一人の当事者が仮説を検証し続けられる環境です。
五人、十人という規模の体制を組みたくなる衝動は、多くの場合「大きく始めたい」という経営者側の期待から生まれます。しかし体制の大きさと成果の大きさは比例しません。人数を増やす前に、今いる一人か二人が本当に手を止めずに動ける状況になっているかを確認する方が、はるかに投資対効果が高いのです。人数を増やすタイミングは、事業の中身が固まってからで十分に間に合います。
逆に、一人だけで新規事業のすべてを抱えさせるのも危険です。仮説を立てる役割と、それを検証するために社外に出て動く役割を完全に一人でこなすのは負荷が大きく、視野も狭くなりがちです。最低でも壁打ち相手になれるもう一人を確保し、意思決定は一人に絞りながらも孤立させないという設計が、実際に機能しやすい体制です。人数の目安は会社の規模や資金余力によって変わりますが、「意思決定者は一人、実働は最小限、孤立させない」という三つの原則は、どの規模の会社にも共通して当てはまります。
フェーズ別に見る適切な体制
兼任か専任かという二択で考えるのではなく、事業のフェーズによって体制を変えていくという発想が実務的には最も機能します。新規事業は探索期、MVP期、スケール期という異なる性質のフェーズを経ていくため、それぞれに合った人数と役割の配分があります。
探索期:兼任中心、ただし責任者は一人に絞る
市場や顧客の課題を仮説として立て、検証を繰り返す探索期は、必ずしも大人数の専任チームが必要な段階ではありません。むしろこの段階で大きな体制を組んでしまうと、方向転換のたびに関係者への説明と合意形成にコストがかかり、動きが鈍くなります。
この段階で重要なのは人数ではなく、責任の所在をはっきりさせることです。兼任であっても構いませんが、「最終的にこの事業の意思決定を行うのは誰か」を一人に絞り、その人には既存業務の負荷を目に見える形で軽くしておく必要があります。名前だけの責任者では兼任のデメリットがそのまま出てしまいます。目安としては、責任者一人と、必要に応じて動く協力者二、三人という体制で十分に機能します。
責任者を選ぶ際は、既存事業での実績よりも、答えのない問いに対して自分で仮説を立てて動ける人かどうかを基準にすることをおすすめします。既存事業のエースが必ずしも新規事業の責任者に向いているとは限りません。決められた業務を高い精度でこなす力と、何もない状態から仮説を組み立てる力は、性質の異なる能力だからです。むしろ、既存事業では目立たなくても、社外の情報を自発的に集めてくるタイプの人材が、探索期の責任者として力を発揮することがあります。
また、探索期は既存業務の負荷を軽くすると口で言うだけでは実行されません。責任者の既存業務の一部を他のメンバーに明確に振り分け、上長にもその調整を共有しておくことで、初めて実効性が生まれます。この負荷調整を怠ると、探索期の責任者は結局既存事業に引き戻され、兼任のデメリットがそのまま表面化してしまいます。
MVP期:核となる専任者を最低一人置く
仮説がある程度固まり、実際に試作品やサービスの原型を作って顧客に当ててみる段階に入ったら、体制を見直すタイミングです。この段階でも大人数は必要ありませんが、少なくとも一人は専任に切り替えることを強くすすめます。
MVP期は、顧客の反応を受けて短いサイクルで作り直すスピードが成果を左右します。兼任のままだと、顧客からのフィードバックが来ても「来週の本業が落ち着いてから」となり、鮮度の高い情報が生かされないまま古びていきます。専任者を一人置き、その人を中心に兼任のメンバーが必要な場面で合流するというハイブリッド型が、多くの中小企業にとって現実的な選択です。
このハイブリッド型を機能させる鍵は、専任者と兼任メンバーの間の連絡頻度を決めておくことです。週に一度、決まった曜日に短時間の定例を設けるだけでも、兼任メンバーが後回しにしがちな新規事業への対応を思い出すきっかけになります。定例がないハイブリッド型は、名ばかりのチームになりがちで、結局専任者一人がすべてを抱え込む状態に戻ってしまいます。
資金面から見ても、MVP期に一人だけ専任化するという判断は現実的です。中小企業にとって、複数人を一気に専任化するのはキャッシュフローへの影響が大きく、事業がまだ数字を生んでいない段階でその負担を背負うのはリスクが高すぎます。まずは一人分の専任コストで検証のスピードを担保し、数字が見え始めてから体制を拡張するという順序が、多くの会社にとって無理のない進め方です。
スケール期:専任チームと役割分担の明確化
顧客からの反応が安定し、事業として数字が積み上がり始めたら、いよいよ専任チームとして体制を固める段階です。ここで初めて、営業、開発や運用、バックオフィス対応といった役割分担を意識した人員配置が必要になります。
この段階での失敗は、探索期のメンバーをそのままスケールさせようとすることです。仮説検証が得意な人と、決まった型を効率よく回していく実行が得意な人は、必ずしも同じではありません。事業の性質が変わったタイミングで、体制の中身も見直す視点を持っておくことが大切です。人数を増やすことよりも、誰にどの役割を担わせるかを再定義することの方が優先度は高くなります。
また、スケール期に入ると、既存事業の部署との連携が本格的に必要になります。営業部門からの見込み客の紹介、バックオフィスからの契約や請求周りの支援など、新規事業チーム単体では回しきれない業務が増えるためです。この段階で初めて、新規事業チームと既存事業の間に定例の連携会議を設け、情報の受け渡しを仕組み化しておく必要があります。属人的な口約束のまま連携していると、専任チームの規模が大きくなるにつれてすれ違いが増えていきます。
中小企業が陥りやすい失敗パターン
体制設計にまつわる失敗の多くは、実は最初の判断の甘さよりも、途中で見直しをしないことに原因があります。ここでは特に多く見られる失敗を整理します。
全員兼任で誰も本気にならない
先述の通り、複数人を兼任のまま置いておくと、責任の所在が拡散し、誰も自分の仕事だと思わなくなります。会議で状況共有はされるものの、次の一手を打つ人がいない。これは人が悪いのではなく、体制がそうさせているのだと理解する必要があります。
典型的なのは、経営者が「若手三人にチームを組ませて、みんなで考えてほしい」と伝えるパターンです。一見すると民主的で良い体制に見えますが、三人ともが本業を抱えているため、誰かが引っ張らない限り議論は空中戦のまま終わります。数ヶ月後に「進んでいないようだが」と経営者が声をかけたとき、三人それぞれが「他の二人が動くと思っていた」と口にする光景は珍しくありません。対策は単純で、兼任であっても意思決定者を一人に絞ることです。
専任にしたのに権限がない
専任チームを作ったにもかかわらず、予算の承認や既存部署への協力要請のたびに経営者や既存事業の部門長の判断を仰がなければならない状態では、専任にした意味の半分が失われています。専任にするということは、その分の裁量も同時に渡すという意思決定であるべきです。
例えば、専任者が数万円規模の広告出稿を試したいと思っても、稟議を回して承認が下りるまでに二週間かかるようでは、検証のスピードは既存事業の担当者だった頃とほとんど変わりません。専任という肩書きだけを与えて、決裁権限は既存の組織図のまま据え置いてしまうと、当人のやる気だけが空回りしてしまいます。少額の裁量予算をあらかじめ渡しておく、あるいは承認のプロセスそのものを簡略化しておくといった準備が、専任化とセットで必要です。
兼任と専任を混在させたまま役割を曖昧にする
ハイブリッド型の体制自体は有効ですが、誰が意思決定を行い、誰が実行を担うのかという役割分担を言語化しないまま走らせると、兼任者が「専任の人がやってくれるだろう」、専任者が「兼任の人の判断を待っている」という状態に陥り、双方が動かなくなります。役割は口頭ではなく、簡単でも文書として残しておくことをすすめます。
体制を一度決めたら見直さない
探索期に組んだ体制を、MVP期やスケール期になっても変えずに引きずってしまう会社は少なくありません。事業のフェーズが変わったのに体制が追いついていないと、必要な意思決定のスピードが出せなかったり、逆に過剰な人員を抱えてコストだけが膨らんだりします。
よくあるのは、探索期に兼任で立ち上げた責任者が、そのまま数字が積み上がるスケール期まで一人で抱え続けてしまうケースです。本人は本業との両立で疲弊し、事業の成長速度は責任者一人のキャパシティで頭打ちになります。逆に、探索期の段階で必要以上に人を集めてしまい、方向転換のたびに大人数の合意形成に時間を取られ、身動きが取れなくなる会社もあります。体制は一度決めたら固定するものではなく、フェーズの節目ごとに見直すものだという前提を、最初から経営者と担当者の双方が共有しておくことが重要です。
評価制度を変えずに新規事業を任せる
兼任であれ専任であれ、既存事業と同じ評価軸のまま新規事業の担当者を評価してしまうと、成果が出るまで時間のかかる仕事に本気で取り組むインセンティブが働きません。既存事業の月次売上のような分かりやすい指標がない新規事業では、担当者は「何をもって評価されるのか分からない」という不安を抱えたまま働くことになります。
新規事業には別の評価軸、あるいは一定期間は評価を保留する仕組みが必要です。仮説検証の質や顧客への提案回数といったプロセス指標を一時的に評価対象に据えるだけでも、担当者の安心感は大きく変わります。ここを整えないまま体制だけを変えても、本人のモチベーションは長続きしません。
体制設計のチェックリスト
新規事業の体制を決める前に、次の項目を確認しておくことをおすすめします。
- この事業の最終的な意思決定者は誰か、一人に絞れているか
- 兼任にする場合、既存業務の負荷を実際に減らす調整を行っているか
- 専任にする場合、予算や協力要請にまつわる決裁権を渡しているか
- 今のフェーズ(探索期・MVP期・スケール期)に見合った人数と役割になっているか
- 次のフェーズに移るタイミングで体制を見直す予定を最初から組み込んでいるか
- 新規事業の担当者を評価する基準は、既存事業とは別に用意されているか
- 社内の他部署が新規事業チームに協力しやすい情報共有の仕組みがあるか
すべてを完璧に整えてから始める必要はありません。ただし、これらの項目を一つも意識せずに走り出すと、途中でつまずいたときに何が原因なのか分からなくなります。事前にチェックしておくだけで、後から軌道修正しやすい体制になります。
特に重要なのは、最初の三項目です。意思決定者が一人に絞れているか、兼任者の負荷が実際に軽くなっているか、専任者に決裁権が渡っているか。この三つさえ押さえておけば、兼任と専任のどちらを選んでも、大きな失敗にはつながりにくくなります。逆にこの三つを曖昧にしたまま人数や予算だけを決めてしまうと、体制図は立派でも中身が機能しないという状態に陥ります。
チェックリストは一度作って終わりにするのではなく、フェーズが切り替わるたびに経営者自身が読み返す習慣にしておくことをおすすめします。事業の状況は数ヶ月単位で変わっていくため、半年前に正しかった体制が、今も正しいとは限りません。定期的な見直しの機会を、あらかじめ経営者のスケジュールに組み込んでおくことが、体制の形骸化を防ぐ最も確実な方法です。
まとめ
兼任か専任か、何人体制で始めるべきか。この問いに唯一の正解はありませんが、フェーズによって適切な形は変わっていくという原則だけは、どの会社にも共通します。探索期は責任者を一人に絞った兼任、MVP期は専任者を核にしたハイブリッド、スケール期は役割分担を明確にした専任チーム。この流れを意識するだけで、体制にまつわる多くの失敗は避けられます。
そして何より大切なのは、体制は一度決めたら終わりではなく、事業の育ち方に合わせて経営者自身が見直し続けるものだという姿勢です。新しい事業に挑む人に、既存の枠組みの中で我慢を強いるのではなく、その挑戦に見合う権限と評価を用意する。それができる会社にこそ、壁を越えて働こうとする人材が育っていきます。
私たちオルアナは、新規事業という不確実な挑戦に飛び込む中小企業の経営者と担当者を、体制づくりの段階から支えています。何人でどう始めるべきか迷ったときこそ、一度外部の視点を交えて整理してみませんか。壁を越えて働く人たちを、私たちは全力で応援します。