人事担当の田中さんは、月末の給与締め処理をしていて手が止まった。パート社員の佐藤さんの契約期間が、実は先月末で切れていたことに気づいたのだ。慌てて雇用契約書のファイルを確認すると、更新の稟議も本人への通知も、何も動いていなかった。佐藤さんは何も知らされないまま、いつも通りシフトに入り、いつも通り働き続けていた。いわゆる黙示の更新状態である。田中さんは急いで契約書を作り直し、日付を遡って処理をすることになったが、内心では「これでよかったのか」という不安がずっと消えなかった。
同じ会社では、別の問題も燻っていた。契約社員の高橋さんが、ある日突然「無期転換を申し込みたい」と申し出てきたのだ。高橋さんは有期契約を繰り返し更新しながら、気づけば通算契約期間が5年を超えていた。無期転換申込権が発生していたことに、会社側は気づいていなかった。慌てて就業規則や関連書類を引っ張り出し、法務にも確認しながら対応することになったが、対象者が他にもいるのではないかという不安が残った。契約社員・パート社員が数十名を超える会社では、こうした見落としは決して珍しくない。
なぜ契約更新管理はExcel・手作業だと崩壊しやすいのか
一つ目の理由は、契約社員・パート社員は人数が多く、契約期間も一人ひとりバラバラだということだ。正社員のように入社日や評価サイクルが揃っていないため、更新のタイミングが月ごと、時には週ごとに散らばる。Excelの一覧表で管理していても、行数が増えるほど見落としのリスクは高まっていく。
二つ目の理由は、更新時期のリマインドが属人的になりやすいことだ。多くの現場では、担当者が自分の記憶や経験則に頼って「そろそろ更新時期だな」と目視で確認している。担当者が異動したり休んだりすれば、その勘所は引き継がれない。Excelは教えてくれない。見る人が見なければ、何も起こらないままタイムリミットが過ぎていく。
三つ目の理由は、無期転換ルールのような通算契約期間の計算が、複数の契約書をまたいで累積管理する必要があるという点だ。1本の契約書だけを見ていても、その従業員がこれまで何年何ヶ月働いてきたのかは分からない。過去の契約書をすべて引っ張り出し、期間を手計算でつなぎ合わせなければならない。この作業は手間がかかるだけでなく、単純なミスが起きやすい。気づいたときには、もう申込権が発生していたということが起こりうる。
放置するとどうなるか
まず起こりうるのは、契約期間が切れていることに気づかないまま、その従業員を就労させ続けてしまうことだ。契約書のない状態で働かせることは、労務管理上も法律上も好ましくない状態であり、後から発覚すれば会社の信用問題にもなりかねない。
次に、無期転換申込権が発生していることを見逃し、対象者への説明義務を果たせないリスクがある。本来であれば会社側から丁寧に制度を説明し、本人の意思を確認すべき場面で、それができないまま時間だけが過ぎていく。従業員側からすれば、会社が自分の権利を把握していなかったという事実そのものが、不信感につながる。
さらに深刻なのは、雇止めをめぐる労使トラブルや訴訟に発展するケースだ。更新の実態や説明の経緯が曖昧なまま契約を終了させれば、後になって「実質的に無期雇用と変わらない状態だったのではないか」と争われることもある。管理の甘さが、そのまま会社の法的リスクとして跳ね返ってくる。
仕組み化する方法
契約期間・更新時期の一覧管理と自動リマインド通知
まず必要なのは、すべての契約社員・パート社員の契約期間と更新時期を一元的に見える化することだ。誰の契約がいつ切れるのかが常に一覧で分かる状態を作り、更新時期が近づいたら担当者に自動で通知が届く仕組みにする。人の記憶に頼らず、システムが期限を教えてくれる状態を作ることが出発点になる。
通算契約期間の自動計算による無期転換対象者の可視化
次に、過去の契約書をまたいだ通算契約期間を自動で積み上げ、無期転換申込権が発生する対象者をあらかじめ可視化しておく仕組みが要る。誰が、いつ、その権利を得るのかが事前に分かっていれば、突然の申し出に慌てることはなくなる。会社側から先に説明の機会を設けることもできるようになる。
契約更新手続きのワークフロー化と書類の電子管理
最後に、契約更新の申請から承認、契約書の作成、本人への説明、署名までの一連の流れをワークフローとして仕組み化し、関連書類も電子的に管理できるようにする。誰がどこまで手続きを終えているかが可視化されれば、対応漏れそのものが起こりにくくなる。
導入時の注意点
仕組みを整える前に、まず自社の契約形態や更新ルールの実態を正確に棚卸ししておく必要がある。契約書のひな形が部署によって違っていたり、口頭での更新が慣習として残っていたりすることも少なくない。実態を正しく把握しないまま仕組みだけを導入しても、抜け漏れは形を変えて残ってしまう。
また、無期転換ルールをはじめとする関連法制度は改正されることがあるため、継続的に情報を追い続ける姿勢が欠かせない。制度が変わったときに、仕組みの計算ロジックや運用ルールも合わせて見直せる体制を作っておくことが重要だ。
そして、仕組みを整えるだけでなく、それを使う人たちの運用ルールも同時に整備しておく必要がある。誰が確認し、誰が承認し、誰が本人に説明するのか。役割が曖昧なままでは、せっかくの仕組みも形骸化してしまう。
現実的な進め方
すべてを一度に完璧にしようとする必要はない。まずは現在契約中の全従業員の契約期間を洗い出し、一覧化するところから始めるとよい。次に、直近で更新時期を迎える従業員から優先的にリマインド運用を整え、無期転換の対象に近い従業員を早めに洗い出しておく。そうして小さく運用を回しながら、少しずつ自動化やワークフロー化の範囲を広げていけば、現場に無理のない形で仕組みは定着していく。
壁を越えて働く人たちへ
契約社員として、パート社員として、日々の仕事に向き合っている人たちがいる。シフトの合間を縫い、家庭と両立させながら、それでも現場を支え続けている人たちだ。その人たちが安心して働き続けられるかどうかは、会社側の管理の仕組みひとつにかかっている。
更新の手続きに追われることも、契約の切れ目に怯えることもなく、目の前の仕事に集中できる環境をつくること。それは制度を整えることであると同時に、そこで働く一人ひとりへの敬意でもある。オルアナは、雇用形態という壁を越えて働く人たちを、仕組みの力で支えていきたいと考えている。