毎年3月になると、システム会社から一枚の更新案内が届く。金額欄には去年と同じ数字が並んでいて、担当者は特に疑問も持たずに稟議書にハンコを押す。それがもう7年続いていた、という中小製造業の総務担当・M氏の話だ。

変化が起きたのは、業界の集まりで隣に座った同業他社の担当者との雑談だった。「うちは受発注システムの保守で月8万円払ってる」という一言に、M氏は自分の会社が同じ規模の受発注システムに月15万円近く払っていることを思い出し、言葉に詰まったという。機能も利用人数もほぼ同じ。にもかかわらず、支払っている金額はほぼ倍だった。

この記事は、そんな担当者のための実務ガイドだ。以前このコラムで取り上げた「保守費用の高騰によって運用そのものを断念せざるを得なくなった業務システム」の話は、ある一つの事故の顛末を追ったストーリーだった。今回はその手前、つまり毎月の請求書を見ながら「この金額は本当に妥当なのか」を自分で判断するための、相場感と確認方法そのものに焦点を当てる。

保守費用に何が含まれているのか

保守契約書を実際に読み込んだことがある担当者は、実は多くない。多くの場合、契約は自動更新の条項があり、内容を精査しないまま何年も更新され続けている。まずは、保守費用という言葉が指している範囲を整理しておきたい。

一般的に、業務システムの保守費用には次のような要素が含まれる。

  • 問い合わせ対応(操作方法の質問、エラー発生時の一次切り分けなど)
  • 軽微な不具合修正(仕様通りに動作していない箇所の修正)
  • サーバーやインフラの監視(死活監視、パフォーマンス監視)
  • データのバックアップと復旧対応
  • OSやミドルウェアのセキュリティパッチ適用
  • 外部連携先(決済代行、配送業者API等)の仕様変更への追従
  • 定期的な稼働報告や技術相談の窓口対応

ここで重要なのは、この中に「新機能の追加」や「大幅な仕様変更」は本来含まれないということだ。保守費用は現状維持のための費用であり、事業の変化に合わせてシステムを進化させる費用ではない。この境界線が曖昧なまま契約している会社は非常に多く、後述する「相場より高くなる要因」の大きな一つになっている。

M氏の会社の契約書を改めて確認すると、驚いたことに「軽微な修正」の範囲や「問い合わせ対応の上限時間」が一切明記されていなかった。つまり、何にいくら払っているのか、契約した本人ですら説明できない状態だったのだ。

保守費用の一般的な相場感

では、実際にどれくらいの金額が妥当なのか。業界でよく参照される目安は、初期開発費に対する年間保守費の割合だ。

一般的な業務システムの場合、年間保守費は初期開発費のおおむね10パーセントから15パーセント程度が目安とされている。たとえば初期開発費が1000万円のシステムであれば、年間保守費は100万円から150万円、月額に換算すると8万円から12万5000円程度が一つの基準になる。

もちろんこれは絶対的な数字ではない。システムの複雑さ、利用者数、連携している外部サービスの数、稼働時間の要件(24時間365日の監視が必要かどうか)によって上下する。監視や即時対応の要件が高いシステムほど、この割合は15パーセントから20パーセントに近づく傾向がある。逆に、社内の限られた人数だけが平日の業務時間中に使う程度のシステムであれば、10パーセントを下回ることも珍しくない。

大切なのは、この割合が経年で変わっていく発想を持つことだ。開発から5年、10年と経過したシステムは、当初の初期開発費を基準にした計算そのものが実態からずれてくる。技術の陳腐化や部品の枯渇によって、保守の難易度自体が上がっているケースもあるからだ。ここは次の章で詳しく見ていく。

M氏の会社のケースに当てはめると、初期開発費が約900万円だったシステムに対して、月15万円、年間にして180万円を支払っていた。これは初期開発費の20パーセントに相当し、一般的な目安の上限をさらに超える水準だった。隣に座っていた同業他社の担当者が支払っていた月8万円は、年換算で96万円、初期開発費に対する割合はおよそ10.5パーセントで、目安の範囲にきれいに収まっていたことになる。

保守費用が相場より高くなりやすい要因

相場の枠を超えて保守費用が膨らんでいく背景には、いくつかの共通したパターンがある。ここを理解しておくことは、今の契約が高いかどうかを判断する材料になるだけでなく、次にシステムを発注するときの交渉材料にもなる。

技術的負債の蓄積

開発時のスケジュールが逼迫していたり、度重なる仕様変更の継ぎ足しでコードが複雑化していたりすると、一つの修正に必要な調査時間が年々長くなる。ある機能を直そうとしただけなのに、関係のない別の機能まで壊れてしまう、という状態になっているシステムは珍しくない。こうしたシステムは、保守担当のエンジニアが「怖くて安易に触れない」状態になっており、その慎重さの分だけ工数が積み上がり、保守費用に転嫁される。

レガシー技術への依存

開発から10年以上が経過したシステムで、既に開発元のサポートが終了したフレームワークや、対応できるエンジニアが市場に極端に少なくなった言語で構築されている場合、保守を引き受けられる会社自体が限られてくる。需要と供給の原理で、こうした「特殊技能」が必要なシステムほど、保守費用は高止まりしやすい。加えて、担当できるエンジニアが社内に一人か二人しかいないという属人化も、価格交渉力を発注側から奪う要因になる。

保守範囲の曖昧さ

先述の通り、保守契約書に「どこまでが保守で、どこからが追加開発か」という線引きが書かれていないケースは非常に多い。この曖昧さがあると、本来は追加開発として別途見積もるべき作業が、なんとなく保守費用の枠の中で処理され続け、保守側の工数が慢性的に膨張していく。発注側からすれば「毎月お願いしていることが増えている実感」がないまま、請求額だけがじわじわと上がっていく、という状態になりやすい。

保守費用が妥当かどうかを確認する方法

相場感を知った上で、次にやるべきは自社の契約を実際に検証することだ。難しく考える必要はない。以下の二つを試すだけで、多くのことが見えてくる。

内訳を開示してもらう

保守会社に対して、月々の保守費用がどのような作業に何時間充てられているのか、内訳の開示を依頼してみてほしい。多くの会社は、対応した問い合わせ件数や修正件数、実働時間を記録している。もし「毎月定額なので内訳は出せません」という回答が返ってきた場合、それ自体が一つの警告サインになる。健全な保守契約であれば、何にいくら払っているのかを説明できるはずだ。

内訳を見た結果、実働時間が契約金額に対して極端に少ない月が続いているようであれば、それは相場より高い可能性がある。逆に、毎月フル稼働に近い対応をしてもらっているのであれば、多少相場の上限に近い金額でも納得感がある。

複数社に相談してみる

現在の保守会社にすべてを預けたまま関係が固定化していると、その金額が高いのか安いのか、比較する軸そのものを失ってしまう。年に一度でいいので、他の保守会社にセカンドオピニオンとして見積もりを依頼してみることをすすめたい。乗り換えを前提にする必要はなく、「今の契約内容と金額を見て、御社ならどう見積もるか」を聞くだけでも十分だ。

実際、M氏はこの雑談をきっかけに二社へ相談したところ、どちらの見積もりも月8万円から10万円程度に収まった。既存の保守会社にその見積もりを提示して交渉した結果、最終的に月11万円まで引き下げることに成功している。契約変更というのは、担当者一人にとっては勇気の要る決断だ。長年付き合ってきた相手に「金額を見直したい」と切り出すのは気まずいものだが、その一歩を踏み出した担当者だけが、会社のコストという壁を実際に越えていく。

よくある失敗パターン

保守費用にまつわる失敗には、いくつかの典型的な型がある。自社が当てはまっていないか、確認してみてほしい。

  • 安さだけで保守会社を選び、対応品質や復旧速度が伴わず、結局トラブル時に高額なスポット対応費用が発生する
  • 保守費用が高いことに気づいていても、契約変更や引き継ぎの手間を恐れて、何年も見直しを先送りにする
  • 担当者の異動や退職によって、そもそも保守契約の中身を誰も把握していない状態になっている
  • 保守と追加開発の境界が曖昧なまま、追加開発の依頼を「ついでにお願い」し続け、保守費用がなし崩し的に膨張する
  • 複数のベンダーに機能ごとの保守を分散して依頼しており、障害時にどこに連絡すべきか判断できず初動が遅れる

これらに共通するのは、保守契約を「一度決めたら触らないもの」として扱ってしまっていることだ。業務システムは事業とともに変化していくものであり、保守契約もまた、事業の状況に合わせて定期的に見直すべきものだと捉え直す必要がある。

まとめ

業務システムの保守費用は、初期開発費に対して年間10パーセントから15パーセント程度が一般的な目安となる。この数字を頭に入れておくだけで、届いた見積もりや現在の契約金額が妥当な範囲にあるのか、大まかな見当をつけられるようになる。

そして、金額が高くなりやすい背景には、技術的負債、レガシー技術への依存、保守範囲の曖昧さといった、目に見えにくい構造的な要因がある。これらは一朝一夕に解消できるものではないが、内訳の開示を求めること、複数社に相談してみることといった小さな行動から、状況を変えていくことはできる。

毎年何となく更新してきた契約書に、初めて疑問を持ち、内訳を尋ね、他社に相談する。その一つひとつは地味な作業に見えるかもしれない。しかし、それを実際にやり切った担当者だけが、長年動かせないと思い込んでいたコストの壁を越え、会社に本当の意味で貢献できる。M氏のように、隣の席の雑談がきっかけでもいい。今日、契約書をもう一度開いてみることから始めてほしい。