保守契約書の一文に、こう書かれていた。「稼働率99.9%を保証します」。それを読んだとき、多くの経営者やシステム担当者は安堵する。99.9パーセントという数字は、ほとんど止まらないという印象を与えるからだ。だからこそ、実際にシステムが半日近く止まり、受注データが確認できず、出荷指示が滞り、顧客への納期回答すらできなくなったとき、多くの担当者はベンダーに強く抗議する。しかし返ってくる答えは、意外なほど冷静だ。「今回の停止時間は、年間の許容範囲内です。契約違反には当たりません」。
この瞬間に、はじめて気づく人が多い。99.9パーセントという数字は、止まらないことを約束しているのではなく、止まってもよい時間をあらかじめ決めているだけなのだと。実際に計算してみると、99.9パーセントの稼働率は、年間8760時間のうち0.1パーセント、つまり約8.76時間、日数にすると実に0.37日分の停止を許容している。半日のシステム停止は、この枠の中に十分収まってしまう数字なのだ。
契約書に並ぶ数字を疑うことは、システムを疑うことではない。数字の意味を正確に理解し、自社の事業がどこまでの停止に耐えられるかを見極めることは、システムと向き合う担当者に課された、静かで重要な仕事である。壁の向こう側で起きていることを知らないまま契約を結ぶ人と、数字の裏側まで踏み込んで交渉する人とでは、いざというときに立っている場所がまったく違う。この記事では、保守契約に登場するSLAという指標について、専門用語を極力使わず、具体的な数字とともに解説する。
SLAとは何か
SLAとは、サービスレベルアグリーメント(Service Level Agreement)の略で、日本語では「サービス品質保証契約」や「サービス品質合意書」と訳される。簡単に言えば、ベンダーが提供するシステムやサービスについて、どの程度の品質を維持するかを数値で約束した取り決めのことだ。
ここで重要なのは、SLAが「絶対に止まらない」ことを保証する文書ではないという点だ。SLAは、あらかじめ決めた基準を下回った場合にどうするか、という運用ルールに近い。基準を上回っている限り、ベンダーは契約を守っていることになる。逆に言えば、基準そのものが自社の事業にとって十分な水準かどうかを、発注者側が判断しなければならない。
保守契約書には、稼働率のほかにも、障害発生時の対応時間や復旧目標時間など、複数の指標が並んでいることが多い。これらをひとつひとつ理解せずに契約を結んでしまうと、いざシステムが止まったときに「思っていたのと違う」という事態に直面することになる。SLAという言葉を単なる安心材料として読み流すのではなく、自社の業務にとって何を意味するのかを、数字に落として理解しておく必要がある。
稼働率の数字のトリック
稼働率99パーセント、99.9パーセント、99.99パーセントという数字は、一見似たように見える。しかし、その差はわずか0.1パーセントや0.09パーセントではない。許容される停止時間で比較すると、その差は桁違いに大きい。
年間8760時間を基準に、それぞれの稼働率が許容する年間停止時間を計算すると、次のようになる。
- 稼働率99パーセントの場合、年間で約87.6時間、日数にして約3.65日の停止が許容される。これは、まる4日近くシステムが止まっても契約違反にならない可能性があるということだ。
- 稼働率99.9パーセントの場合、年間で約8.76時間、日数にして約0.37日の停止が許容される。冒頭の例のように、半日程度の停止であれば、この枠に収まってしまう。
- 稼働率99.99パーセントの場合、年間でわずか約52.6分の停止しか許容されない。一年を通じて、システムが止まってよいのは1時間に満たない時間だけということになる。
桁がひとつ増えるごとに、許容される停止時間は約10分の1になる。数字の見た目の差は小さくても、実際の意味はまったく違う世界に変わる。契約書に「稼働率99パーセント保証」と書かれているのを見て安心してしまう担当者は少なくないが、それは年間4日近い停止を許容しているという事実と表裏一体であることを、まず理解しておきたい。
さらに注意すべきは、稼働率の計算対象となる時間帯だ。ベンダーによっては、24時間365日を基準にするのではなく、平日の営業時間帯のみを対象に稼働率を算出しているケースがある。この場合、深夜や休日のシステム停止はそもそも稼働率の計算に含まれないため、実質的な停止許容時間はさらに増える。契約書に記載された稼働率の数字だけを見るのではなく、その計算の分母がどの時間帯を指しているのかまで確認しなければ、本当の意味を理解したことにはならない。
稼働率以外に確認すべきSLAの指標
稼働率は、SLAの中でもっとも目に付きやすい数字だが、それだけでは自社の業務への影響を測ることはできない。稼働率が高くても、実際に障害が起きたときの対応が遅ければ、業務への打撃は変わらないからだ。ここでは、稼働率と合わせて確認しておきたい代表的な指標を挙げる。
初動対応時間
障害が発生した、あるいは発生した疑いがあると連絡してから、ベンダー側の担当者が実際に対応を開始するまでの時間を指す。この時間が「1時間以内」なのか「翌営業日まで」なのかによって、現場が受ける不安と実害はまったく異なる。特に、夜間や休日の障害発生時にどのような対応時間が設定されているかは、必ず確認しておくべきポイントだ。平日日中のみ対応、休日は翌営業日対応、という契約は珍しくない。
復旧目標時間
RTO(Recovery Time Objective)とも呼ばれ、障害発生からシステムが復旧するまでの目標時間を指す。「初動対応時間」とは別の指標であり、対応を開始したからといってすぐに復旧するとは限らない。復旧目標時間が明記されていない契約も多く、その場合は「ベストエフォート(できる限り対応する)」という、実質的に期限のない約束になっていることがある。
データ復旧の目標時点
RPO(Recovery Point Objective)と呼ばれる指標で、障害発生時にどの時点までのデータが復旧できるかを示す。バックアップの頻度が1日1回であれば、最悪の場合、最大24時間分のデータが失われる可能性があるということだ。稼働率の数字ばかりに気を取られ、この指標を確認していない担当者は多い。
計画停止(メンテナンス)の扱い
定期メンテナンスによる計画的な停止時間が、稼働率の計算から除外されているケースがある。この場合、実際に業務が止まる時間は、稼働率の数字が示す以上に長くなる。計画停止がいつ、どのくらいの頻度で行われるのかも、事前に確認しておきたい項目だ。
SLAが達成されなかった場合、実際に何が起きるのか
ここが、多くの発注者が見落としている、もっとも重要な点かもしれない。SLAの基準を下回った場合、ベンダーは何らかのペナルティを負うことになっている契約が多い。しかし、そのペナルティの内容が、発注者側の想像と大きく食い違っていることがほとんどだ。
典型的なのは、月額利用料の一部を返金する、あるいは翌月の請求から一定額を減額するという形の補償だ。これは、一見すると誠実な対応に見える。しかし冷静に考えてみてほしい。システムが半日止まったことで発生した機会損失や、顧客からの信頼低下、社内の残業対応、出荷の遅延によって発生した違約金など、実際の被害額と比べると、月額料金の数パーセントに相当する返金は、あまりにも小さい場合が多い。
さらに、契約書の中には「本SLAに基づく補償は、ベンダーが負う唯一の責任であり、これを超える損害賠償請求は行わない」といった趣旨の条項が組み込まれていることもある。つまり、稼働率の未達によって生じた実損害がどれほど大きくても、契約上請求できるのは決められた範囲の返金だけ、という取り決めだ。この条項の存在を知らないまま契約を結び、いざというときに初めてその意味を思い知る担当者は少なくない。
また、SLA未達を証明する責任が発注者側にあるという契約も存在する。停止時間を正確に記録し、それがベンダー側の責任による停止であることを立証しなければ、補償の対象にすらならない。障害発生時の慌ただしい状況の中で、こうした記録を残すことは想像以上に難しい。SLAという数字は、達成されなかったときに何が起きるかまでセットで理解して初めて、意味のある指標になる。
発注前に確認すべきポイント
SLAという言葉に安心するのではなく、契約を結ぶ前に、以下の点を具体的に確認しておきたい。
- 稼働率の計算対象となる時間帯は、24時間365日か、それとも営業時間内のみか。
- 計画メンテナンスによる停止時間は、稼働率の計算に含まれるか、除外されるか。
- 初動対応時間と復旧目標時間は、それぞれ何時間以内と定められているか。夜間・休日の対応はどうなっているか。
- データのバックアップ頻度と、復旧できるデータの時点(RPO)はどの程度か。
- SLA未達成時の補償内容は、具体的に何パーセントの返金、あるいはいくらの金額なのか。
- 補償の上限額は定められているか。実損害との差はどの程度になりそうか。
- SLA未達を証明する責任は発注者側にあるか、ベンダー側にあるか。
- 停止時間の計測方法や記録の取り方について、ベンダー側から情報提供を受けられるか。
これらをすべて契約前に確認し、必要であれば交渉することは、決して神経質すぎる行為ではない。むしろ、自社の事業を守るために当然行うべき確認作業だ。数字の意味を理解せずに契約書に押印する担当者と、ひとつひとつの条項の意味を確かめてから署名する担当者とでは、システムが止まった瞬間に、会社が受ける打撃の大きさがまったく違ってくる。
よくある失敗パターン
現場でよく見られる失敗のパターンをいくつか紹介する。自社の契約と照らし合わせながら読んでほしい。
ひとつ目は、稼働率の数字だけを見て安心し、他の指標を確認しないパターンだ。稼働率99.9パーセントという数字に満足し、復旧目標時間やデータ復旧の目標時点を確認しないまま契約を結んでしまうと、実際に障害が起きたときに、想定より長く業務が止まり、想定よりデータが失われるという事態に直面する。
ふたつ目は、補償内容を確認しないまま「SLAがあるから安心」と思い込むパターンだ。前述の通り、SLA未達成時の補償は、実際の被害額に比べてわずかであることが多い。SLAは、事業リスクをゼロにする保険ではなく、あくまでベンダーとの取り決めのひとつに過ぎない。
みっつ目は、契約更新のタイミングでSLAの内容を見直さないパターンだ。事業が成長し、システムへの依存度が高まっているにもかかわらず、数年前に結んだ契約のSLAをそのまま更新し続けている企業は多い。事業規模やシステムの重要度が変わったのであれば、SLAの水準についても再交渉する価値がある。
よっつ目は、SLAの数字を鵜呑みにして、自社にとって本当に必要な水準を考えないパターンだ。稼働率99.99パーセントを謳うプランは魅力的に見えるが、その分コストも高くなる。24時間稼働が必須の業務でなければ、必ずしも最高水準のSLAが必要とは限らない。自社の業務がどの程度の停止に耐えられるかを先に見極めたうえで、適切な水準のSLAを選ぶという視点が欠けている企業は多い。
まとめ
SLAという言葉は、保守契約書の中で、もっとも安心感を与えると同時に、もっとも誤解されやすい言葉のひとつだ。稼働率99.9パーセントという数字は、止まらないことの保証ではなく、年間8.76時間、約0.37日までの停止を許容するという取り決めに過ぎない。稼働率が1桁上がるごとに許容停止時間は約10分の1になり、99パーセントと99.99パーセントの間には、日数にして数日分もの開きがある。
稼働率だけでなく、初動対応時間、復旧目標時間、データ復旧の目標時点、そしてSLA未達成時の補償内容まで、ひとつひとつの数字と条項を確認して初めて、その契約が自社の事業を本当に守ってくれるものかどうかが見えてくる。契約書の文字を読み飛ばさず、数字の裏側にある意味まで踏み込んで確認する担当者の仕事は、地味に見えて、会社を静かに守る重要な役割を担っている。
システムが止まったとき、慌てず、契約書の条項を正確に指し示し、必要な対応を冷静に求められる担当者がいる会社と、そうでない会社とでは、危機を乗り越えるスピードがまったく違う。SLAという数字と正面から向き合うことは、目立たない仕事かもしれない。しかし、その仕事を丁寧に積み重ねてきた人こそが、いざというときに会社を救う壁を越えた存在になる。