新規事業チームに優秀な人を配置したのに、半年で「既存事業に戻りたい」と言われた——そういう経験をした経営者や事業責任者は少なくない。辞めていった人が悪かったわけではなく、その人を評価する仕組みが、新規事業の実態と根本的に噛み合っていなかっただけだ。

人事評価の問題は、新規事業における最も見えにくいボトルネックの一つだ。プロダクトの問題や市場の問題より先に、人が動けない構造になっている。この記事では、その構造的ねじれを3つに整理し、どこから手をつけられるかを考える。

問題の核心——「達成度評価」は新規事業を測れない

多くの会社の人事評価は「期初に立てた目標をどれだけ達成したか」で測る。この仕組みは、目標が正確に立てられる業務でしか機能しない。既存事業は過去データから精度の高い目標が立つ。しかし新規事業は、そもそも「何が正解か」を探している段階であり、期初の目標自体が仮説にすぎない。

仮説が外れて計画を変更すると、達成度評価の上では「未達」になる。学びとしては前進していても、評価上は失敗——この構造的なねじれが、新規事業担当者の評価を不当に下げ続ける。

壊れる構造①:短期KPIで評価される

新規事業は本来、3年・5年のスパンで評価されるべきものだ。しかし多くの企業で、評価サイクルは半年か1年だ。半年で売上が立たない事業は「成果がない」と評価される。新規事業の最初の1年はほぼ仮説検証と顧客理解の期間であり、売上はその後についてくるものだが、評価制度はその時間軸を想定していない。

担当者はこの構造に気づいて動く。半年で見せられる成果を作ろうと、長期的な検証より短期的に数字が出やすい行動を優先し始める。それはしばしば、事業の本質的な検証を後回しにすることと同じだ。評価が事業の判断を歪める。

壊れる構造②:失敗を評価できない

新規事業は、試行錯誤の回数そのものが進捗だ。仮説を立て、検証し、外れたらまた仮説を立てる——この繰り返しが事業を前に進める。ところが既存の評価制度では、「仮説が外れた」という事実は失敗として記録され、評価を下げる。

結果として担当者は、失敗を記録に残さないよう動き始める。仮説を立てるのをやめ、曖昧な進め方をし、「まだ検証中」という状態を維持し続ける。これは組織として最も避けたいことだが、評価制度がそれを生む構造になっている。

本来、新規事業で評価されるべきは「失敗した事実」ではなく「失敗から何を学んだか」「次の仮説を立てられたか」だ。この違いを評価に落とし込める制度を持つ企業は、まだ少ない。

壊れる構造③:比較対象が既存事業になる

同期の既存事業担当者と並べて評価されると、新規事業担当者は永遠に不利だ。既存事業は再現性のある業務で、努力と成果の関係が読める。新規事業は不確実性が高く、どれだけ良い仕事をしても短期で数字に出ない。

「A君は今期150%達成、B君(新規事業)は売上ゼロ」という並びで評価されれば、優秀なB君は翌期には既存事業に戻るか転職を選ぶ。評価制度の設計者が「新規事業と既存事業は別物」という認識を持っていないと、この構造は再生産され続ける。

評価が壊れると起きる3つの悪循環

3つ目は特に深刻だ。評価制度の欠陥が、会社の投資判断まで歪めてしまう。

修正の方向①:フェーズ連動評価

新規事業のフェーズを明文化し、フェーズごとに評価指標を変える。アイデア検証フェーズ(最初の3〜6ヶ月)では売上より「顧客インタビューの件数」「仮説の更新回数」「検証できた課題の数」を評価する。プロトタイプ検証フェーズでは「ユーザーからのフィードバック量」「リピート率」「有料化の意向率」を見る。売上が評価軸に入るのは、本格展開フェーズ以降で十分だ。

フェーズ連動評価の設計で重要なのは、フェーズの定義を事業開始前に経営層と合意しておくことだ。途中でフェーズの定義が変わると、担当者は安全な行動しか取れなくなる。

修正の方向②:プロセス評価の導入

結果だけでなく、プロセスの質を評価に組み込む。具体的には「仮説の立て方が適切だったか」「検証の設計が合理的だったか」「外れた時の判断が迅速だったか」を評価対象にする。これは主観的になりがちなため、定期的な事業レビューを記録に残し、その記録をもとに評価する仕組みが有効だ。

プロセス評価は、失敗した事業の担当者が「適切な失敗をした」と評価される仕組みでもある。撤退基準を事前に設定し、その基準に基づいて撤退判断をした担当者が、むしろ高く評価されるような設計が理想だ。

修正の方向③:チームベース評価

個人の達成度評価から、チームとしての進捗評価に軸足を移す。新規事業は一人の力でなく、チームとして検証を回すものだ。個人評価の比重を下げ、チームとしての「学習の蓄積」「検証の質」「方針転換の合理性」を評価することで、チーム内の情報共有と相互補完が活発になる。

人事部との交渉の現実的な進め方

評価制度の変更は人事部を動かさなければならないが、「新規事業のためだけに制度を変える」という提案は通りにくい。交渉で有効なのは、「制度を変える」ではなく「特例の適用を認めてもらう」という切り口だ。新規事業に限定した評価の別途設計(副表)として試験運用し、効果を数年かけて示すアプローチが現実的だ。

経営者が人事部に動いてもらうために必要な論点は一つだ——「このままの評価制度では、新規事業に挑戦する人が損をし続ける。優秀な人材を新規事業に振り向けるためには、物差しを変える必要がある」。この因果関係を数字と事例で示せれば、制度変更の議論は動き始める。

なぜ多くの会社は評価制度を変えられないのか

問題が知られていても変わらない理由は、公平性の壁にある。「新規事業だけ特別扱いするのは不公平だ」という既存部門の声に、人事も経営も反論しにくい。しかしこれは公平の定義を取り違えている。同じ条件で測ることが公平なのではなく、業務の性質に合った物差しで測ることが公平なのだ。営業と研究開発を同じ指標で測らないのと同じ理屈が、新規事業にも当てはまる。

オルアナの視点——評価制度は新規事業の「見えないインフラ」

新規事業支援の現場で、事業計画やプロダクトより先に評価制度がボトルネックになっているケースに何度も出会う。どれだけ優れた戦略があっても、挑戦した人が損をする構造の上では、誰も本気で挑戦しない。評価制度は新規事業の見えないインフラであり、ここを整えることは事業戦略そのものだと私たちは考えている。


よくある質問

Q. 新規事業担当者の評価をどう説明すれば既存部門の反発を抑えられますか?

「特別扱い」ではなく「業務特性に応じた評価設計」として説明することが有効です。研究開発部門の評価が営業部門と異なるのと同じ論理を使うと、反発は減ります。また、新規事業評価の透明性(どの指標で何を見ているか)を社内に公開することも信頼につながります。

Q. 評価制度を変えずに担当者を守る方法はありますか?

短期的な手段として、事業責任者が担当者の評価コメントで文脈を補う方法があります。「今期の売上ゼロは計画通りの検証フェーズであり、得られた知見は〇〇」と記録することで、評価者が誤読するリスクを下げられます。ただし制度の変更なしには限界があり、中長期では制度設計に取り組むことが担当者の定着につながります。


よくある質問

Q. 新規事業担当者の評価は誰が行うべきですか?

直属の上長だけでなく、新規事業の性質を理解している経営層や外部アドバイザーを評価に関与させることを推奨します。既存事業の基準しか知らない評価者だけでは、構造的なねじれが再生産されます。

Q. 新規事業の評価期間はどのくらいが適切ですか?

四半期ごとの検証進捗レビューと、年次でのフェーズ評価の組み合わせが現実的です。事業の成否そのものは2〜3年単位でしか判断できないため、短期評価は「学習の質と速度」に焦点を当てます。

Q. 撤退した場合、担当者の評価はどうすべきですか?

撤退判断の妥当性とプロセスの質で評価すべきです。適切なタイミングで根拠を持って撤退した担当者は、ずるずる継続して損失を拡大させた場合より高く評価されるべきであり、それが次の挑戦者を生む文化につながります。

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