午後9時を過ぎた印刷工場。今日中に納品しなければならない冊子が3件、机の上に積み上がっている。丁合機から出てきた紙束を、ベテランの製本担当者がひとりで中綴じ機にかけ、断裁のサイズを確認し、また丁合機に戻る。彼が休憩に立った10分間、後工程は完全に止まった。若手のオペレーターは断裁機の操作はできるが、製本工程の勘所までは把握していない。急な短納期案件が重なるたびに同じ光景が繰り返され、気づけば残業が月40時間を超えている。取引先には「明日の朝一で」と頼まれ、断れない。断れば次の仕事が来なくなるからだ。こうした現場は、決して珍しいものではない。
丁合、断裁、製本という一連の工程は、長年にわたって熟練職人の手と目と勘によって支えられてきた。しかしその前提そのものが、いま静かに崩れ始めている。
なぜ手作業中心の印刷・製本工程は限界を迎えているのか
第一の理由は、熟練職人の高齢化と技能継承の断絶である。紙の厚みや湿度による微妙な差を指先で見極め、断裁のわずかなズレを目視で修正する。こうした技能は長年の経験によって培われるものであり、マニュアル化しにくい。ベテランが引退すれば、その技能は工場から丸ごと失われる。後継者が育つ前に現場を離れざるを得ないケースも多く、技能継承は待ったなしの課題になっている。
第二の理由は、短納期案件の増加である。ネット印刷の普及や発注側の在庫圧縮志向により、少部数・小ロット・即納という要求が当たり前になった。従来のように大ロットをまとめて計画的に流す前提が崩れ、段取り替えの頻度が上がり続けている。段取り替えのたびに人が張り付く工程では、案件が重なった瞬間に処理能力の限界を露呈する。
第三の理由は、工程間の連携が人手の受け渡しに頼りきりになっていることである。丁合が終わった紙束を人が運び、断裁の担当者に渡し、断裁が終われば製本担当者に渡す。この受け渡しの一つひとつに待ち時間が発生し、どこかの工程で人手が足りなくなれば、そこがそのままボトルネックになる。工程全体を俯瞰して調整する仕組みがなく、現場の勘と声かけだけで回っているのが実情だ。
放置するとどうなるか
この状態を放置した先に待っているのは、まず納期遅延による取引先離れである。短納期対応力そのものが選ばれる理由になっている業界において、一度でも約束を守れなければ、次の発注は競合に流れる。次に、残業増によるコスト増である。人手で工程をつなぐ限り、案件が集中すれば残業で吸収するしかなく、利益率を圧迫し続ける。そして最も深刻なのが、技能継承の断絶である。ベテランが疲弊し、あるいは引退した後に、同じ品質を再現できる人材が残っていなければ、会社の競争力そのものが失われる。これは一度失うと取り戻すのが極めて難しい種類の損失である。
印刷・製本工程の自動化とは何か、何を解決するのか
ここで言う自動化とは、工場全体を無人化することではない。人にしかできない判断は人が担い、繰り返しの多い搬送・接続・検査をロボットや制御システムが引き受けるという役割分担の再設計である。具体的には次の3つの観点が要になる。
丁合・断裁・製本工程の自動連携
丁合機、断裁機、製本機の間を搬送ロボットやコンベアで直結し、工程間の受け渡しを人手を介さずに行う。これにより、ある工程が終わった瞬間に次工程が動き出し、人の手待ちや運搬時間が消える。段取り替えの情報もシステム上で連携させておけば、案件が切り替わるたびに人が各機械の設定を確認して回る手間も減らせる。
仕上がり品質の自動検査
断裁のズレ、ページの落丁・乱丁、印刷面の汚れといった不良は、これまで人の目視検査に依存してきた。画像認識を使った検査装置を工程内に組み込めば、全数検査に近い精度を維持しながら、検査担当者を他の判断業務に振り向けられる。熟練者の「見る目」をセンサーとアルゴリズムで補完するという発想である。
少部数・小ロットへの柔軟な対応
短納期・小ロット案件が増える中で、段取り替えの自動化は特に効果が大きい。案件データに応じて断裁サイズや製本仕様を自動で切り替えられれば、人が都度調整する時間が不要になり、小ロット案件を採算に乗せやすくなる。これは受注できる案件の幅を広げることに直結する。
導入時の注意点
自動化の検討にあたっては、いくつか押さえておくべき点がある。まず、既存の設備や工程の癖を無視した一律の自動化は失敗しやすい。自社の機械の型式や紙種、案件の傾向を踏まえた上で、どこにボトルネックがあるのかを見極める必要がある。次に、初期投資の規模と回収期間を現実的に見積もることが欠かせない。すべての工程を一気に自動化するのではなく、最も負荷が高い工程から着手する方が投資対効果は見えやすい。さらに、現場のオペレーターが新しい仕組みを使いこなせるよう、導入と並行した教育の設計も必要になる。設備を入れて終わりではなく、運用を回せる体制まで含めて計画することが重要である。発注する側としては、導入実績の有無だけでなく、自社の紙種や案件特性に合わせたチューニングをどこまで行ってくれるか、導入後の保守体制はどうかといった点を必ず確認しておきたい。
現実的な進め方
いきなり全工程を自動化しようとせず、まずは最も残業や納期遅延を生んでいる一工程に絞って着手するのが現実的である。たとえば製本工程の受け渡しだけを自動連携させる、あるいは検査工程だけを画像認識に置き換えるといった小さな一歩から始め、効果を数字で確認しながら次の工程へと広げていく。並行して、ベテラン職人の判断基準を言語化し、システムの検査基準やパラメータに落とし込む作業を進めておけば、技能継承と自動化を同時に進めることができる。現場の声を聞きながら段階的に進めることが、投資を無駄にしない最も確実な方法である。
壁を越えて働く人たちへ
夜遅くまで一人で工程をつなぎ続けてきた製本担当者も、若手に技を伝えようと苦心してきた経営者も、短納期の依頼を断れずに現場をやりくりしてきたすべての人たちも、それぞれの持ち場で壁を越えようとしてきた。自動化はその努力を置き換えるものではなく、人にしかできない判断と技能に、もっと多くの時間を使えるようにするための道具にすぎない。壁を越えて働く人たちが、これからも自分の手でつくるものに誇りを持ち続けられるように。オルアナは、その一歩を支えていきたいと考えている。