年末調整の季節になると、総務の田中さんのデスクには従業員から回収したマイナンバー付きの書類が積み上がる。紙で提出する人もいれば、Excelのシートに直接番号を打ち込んで送ってくる人もいる。集まったファイルは「マイナンバー管理台帳2026.xlsx」という名前で共有フォルダに置かれ、パスワードは総務内の誰もが知っている。ある日、退職して半年以上経った元従業員の名前がその台帳にまだ残っていることに気づいた。いつ誰がこのファイルを開いたのか、履歴はどこにも残っていない。鍵付きキャビネットに保管している紙の書類も同じで、鍵を持っているのが誰かは分かっても、実際に中を見たのが誰かまでは分からない。田中さんは背筋が冷たくなるのを感じながら、この状態がもう何年も続いていたことに気づく。

Excel台帳と紙のキャビネットで、なぜマイナンバーは守れないのか

マイナンバーは番号法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)によって、他の個人情報よりも厳格な管理が求められている。にもかかわらず、多くの中小企業では今も紙やExcelでの管理が続いている。理由は明快で、専用の仕組みを導入するコストや手間を後回しにしてきたからだ。しかし、この運用には見過ごせないリスクが3つある。

1つ目は、アクセス権限の管理が曖昧になることだ。共有フォルダに置かれたExcelファイルは、パスワードさえ知っていれば誰でも開ける。本来は経理担当者しか見る必要のない情報を、総務全員、場合によっては他部署の人間まで閲覧できる状態になっていることが少なくない。誰が何の目的でアクセスしたのかを事後に確認する手段もなく、権限は「なんとなく共有されている」状態のまま放置されがちだ。

2つ目は、保管期限を過ぎた情報の削除漏れだ。マイナンバーは法律で保管が必要な期間が過ぎれば速やかに廃棄することが求められている。しかし紙やExcelでの管理では、退職者や契約終了者のデータを手作業で見つけ出し、削除する運用に頼らざるを得ない。忙しい時期には後回しになり、気づけば数年分の不要な個人番号が台帳に残り続けているというケースは珍しくない。

3つ目は、持ち出しや誤送信のリスクだ。Excelファイルはメールに添付して簡単に社外へ送れてしまう。宛先を間違えたり、USBメモリに入れたまま置き忘れたりすれば、それだけで重大な漏洩事故になる。紙の書類も同様で、キャビネットから持ち出されたことに誰も気づかないまま紛失するリスクがある。

この状態を放置するとどうなるか

マイナンバーの管理体制に不備があり、万が一漏洩が発生した場合、個人情報保護委員会からの行政指導や勧告の対象となる可能性がある。番号法違反として是正勧告を受ければ、対外的な公表につながることもあり、取引先や顧客からの信用を一気に失いかねない。中小企業にとって信用の失墜は、単発の損失では終わらず、その後の取引継続や採用活動にまで影響する。従業員本人にとっても、自分の個人番号がどのように扱われているか分からない状態は、会社への不信感につながる。年末調整のたびに「またあの台帳に自分の番号を書くのか」と感じている従業員は、想像以上に多いはずだ。

仕組み化する方法

マイナンバー管理のリスクは、担当者の注意力や善意に頼るのではなく、仕組みで解消するべき問題だ。ポイントは大きく3つある。

専用システムによるアクセスログの記録

誰が、いつ、どの従業員のマイナンバーにアクセスしたかを自動的に記録する仕組みを持つことで、「なんとなく共有されている」状態から脱却できる。ログが残っているという事実そのものが不適切なアクセスへの抑止力になり、万が一の際にも原因究明が迅速に行える。

保管期限に応じた自動削除

退職や契約終了のタイミングをシステムに登録しておけば、法定の保管期間を過ぎたデータを自動的に削除対象として通知、あるいは自動削除できる。人の記憶や手作業のチェックに依存しない仕組みにすることで、削除漏れそのものが起こらなくなる。

暗号化・権限分離による情報漏洩対策

マイナンバーそのものを暗号化して保管し、閲覧できる担当者を業務上必要な範囲に限定する。経理担当者は経理業務に必要な範囲だけ、人事担当者は人事業務に必要な範囲だけというように権限を分離しておけば、持ち出しや誤送信が起きても被害を最小限に抑えられる。

導入時の注意点

専用システムの導入を検討する際は、機能の多さだけで選ばないことが重要だ。現場の担当者が日々使いこなせる操作性であるか、既存の給与計算や年末調整のフローとどこまで連携できるかを確認しておく必要がある。また、システムを入れただけで安心せず、運用ルールとして「誰が何の権限を持つか」を社内で改めて整理しておくことも欠かせない。仕組みと運用ルールは両輪であり、どちらか一方だけでは機能しない。

現実的な進め方

一度にすべてを変えようとする必要はない。まずは現状の台帳やキャビネットにある情報を棚卸しし、保管期限を過ぎているものがないかを確認するところから始めるとよい。並行して、アクセス権限を持つべき担当者を明確にし、専用システムの導入を段階的に検討する。年末調整や入社手続きといった業務のピークを迎える前に着手すれば、混乱なく移行できる可能性が高まる。小さな一歩からで構わない。今の運用に不安を感じたその瞬間が、仕組み化を始める最適なタイミングだ。

壁を越えて働く人たちへ

マイナンバーの管理は、地味で目立たない業務だからこそ、後回しにされやすい。しかしその裏側では、従業員一人ひとりの人生に関わる大切な情報を預かっているという責任がある。台帳の管理に追われる時間を減らし、本来向き合うべき人と組織の課題に力を注げるようにすること。それは、決まりきったルーティンという壁を越えて、もっと創造的な仕事に踏み出そうとする総務担当者たちを後押しすることでもある。オルアナは、そうして壁を越えて働く人たちのそばに、これからも仕組みという形で寄り添っていきたいと考えている。