月末の請求書を見て、思わず手が止まる。今月も外注先への支払いが80万円を超えている。先月も、その前も、ずっとこの水準だ。年間にすればゆうに1000万円を超える。ふと頭をよぎる。「この金額があれば、社員を一人雇えるのではないか」。電卓を叩きながら、そんな計算を何度も繰り返してきた経営者は少なくない。
だが、その考えは決まって同じところで止まる。採用したはいいが、すぐに辞められたらどうする。教育に半年、一年とかけて、ようやく戦力になった頃に転職されたら、外注費どころではない損失になる。そもそも、自社に技術力のある人材を評価できる人間がいるのか。面接で聞くべきことすら分からない。そうやって、今日もまた外注先に電話をかけ、見積もりを依頼する。踏み切れないまま、また一年が過ぎていく。
この記事は、その堂々巡りに終止符を打つためのものだ。採用すべきか、外注を続けるべきか。答えはひとつではない。だが、判断するための軸は確かに存在する。壁の前で足踏みを続けるのではなく、自社の状況を正しく見極め、前に進むための材料をここに用意した。
なぜこの判断はこれほど難しいのか
内製化の判断が経営者を悩ませる理由は、単純なコスト比較では片付かないからだ。外注費が年間1000万円だとして、同じ金額でエンジニアを一人雇えば安く済む、という単純な引き算では済まない現実がいくつも横たわっている。
まず採用コストそのものが軽くない。エンジニア採用は売り手市場が続いており、求人媒体や人材紹介会社を通せば、年収の30パーセントから35パーセントが紹介手数料として消える。年収600万円のエンジニアを一人採用するのに、200万円前後の初期費用がかかる計算だ。しかも、応募が来ないという壁もある。中小企業がエンジニア採用の求人を出しても、大手やスタートアップに埋もれて応募すら集まらないケースは珍しくない。
次に定着リスクだ。せっかく採用しても、社内に技術的な相談相手がいない環境では、エンジニアは孤独を感じやすい。自分のスキルが正しく評価されているのか分からない、成長機会が見えない、そう感じたエンジニアは早期に離職する傾向がある。中小企業の技術者採用において、入社後1年以内の離職は決して珍しい話ではない。採用コストをかけ、教育に時間を投じた直後に去られれば、外注費用の比ではない痛手を負う。
さらに業務量の波という問題がある。システム開発の需要は常に一定ではない。繁忙期には猫の手も借りたいほど忙しいのに、閑散期には手が空いてしまう。専属のエンジニアを一人雇えば、暇な時期にも給与は発生し続ける。逆に外注であれば、必要な時に必要な分だけ発注できる柔軟性がある。
最後に専門性の陳腐化という見えにくいリスクがある。技術の世界は変化が速い。一人のエンジニアが社内に孤立していると、最新の技術動向や開発手法に触れる機会が減り、気づけば数年前の知識で止まってしまう。外部の開発会社であれば、複数の案件を通じて常に最新技術に触れているため、この点で有利に働くことが多い。
こうした要因が絡み合うからこそ、内製化の判断は一筋縄ではいかない。だが、絡み合っているからこそ、ひとつずつ解きほぐせば、自社にとっての答えは見えてくる。
採用が向いている会社の特徴
まず、内製化に踏み出すべき会社の特徴を整理する。
- 継続的に開発需要がある。新機能の追加、既存システムの改修、顧客からの要望対応など、年間を通じて途切れることなく開発案件が発生している状態。目安として、月に80時間以上、常に何らかの開発タスクが存在するなら、専属人材を置く合理性は高い。
- 社内に技術を理解できる人間がいる、あるいはこれから育てる覚悟がある。エンジニアを孤立させず、技術的な相談や評価ができる体制、あるいはそれを外部の技術顧問などで補う仕組みがある会社は、定着率が大きく変わる。
- 自社のプロダクトやシステムが競争優位の源泉になっている。他社にはない独自のシステムを武器にビジネスを展開しているなら、その知見を社外に流出させず、社内に蓄積していく価値は大きい。
- 経営者自身が、エンジニアという職種の働き方や評価軸に関心を持ち、学ぼうとしている。技術者を「発注先」としてではなく「同じ会社で働く仲間」として扱う姿勢がある会社は、採用後の定着率が高い傾向にある。
ある製造業の経営者は、外注先とのやり取りに疲れ果て、意を決して自社初のエンジニアを採用した。最初の半年は社長自らがコードレビューの代わりに毎週の進捗確認に付き合い、技術用語を調べながら会話を続けた。決して楽な道ではなかったが、二年後にはそのエンジニアが後輩を育てる立場になり、社内に開発チームと呼べる小さな組織が生まれた。壁を越えようとする経営者の姿勢が、壁を越えようとする人材を引き寄せた好例だ。
外注を続けるべき会社の特徴
一方で、無理に内製化へ踏み出すべきではない会社の特徴も明確に存在する。
- 開発需要が波打つ。ある月は大規模な改修があるが、翌月から半年は軽微な保守しか発生しない、というように波が激しい会社は、専属人材を雇うと稼働率の低い期間の人件費が重くのしかかる。
- 必要とされる専門性の幅が広い。フロントエンド、バックエンド、インフラ、セキュリティ、デザインなど、案件によって求められる技術領域が毎回異なる場合、一人のエンジニアではカバーしきれない。複数の専門家を抱える外注先の方が、結果的に対応力は高い。
- 採用市場での競争力が乏しい。知名度、給与水準、働き方の柔軟性など、エンジニアが企業を選ぶ基準において見劣りする要素が多い場合、無理に採用活動へ資源を投じても、応募すら集まらず疲弊するだけに終わる可能性が高い。
- 社内に技術的な意思決定を行える人材が皆無で、当面その体制を作る予定もない。この状態でエンジニアを一人採用しても、評価も指導もできず、放置されたエンジニアはいずれ離れていく。
外注を選び続けることは、決して「内製化に踏み切れなかった敗北」ではない。むしろ、自社の状況を正しく見極め、限られた経営資源を最も効果的な場所に配分するという、経営者としてまっとうな判断だ。壁を越える方法は、必ずしも自社で人を抱えることだけではない。
判断のための具体的な試算方法
感覚論ではなく、数字で判断するための試算の視点を示す。
まず外注を続けた場合の年間コストを洗い出す。過去2年分の外注費用の実績を月別に並べ、平均値と繁忙期のピーク値を把握する。年間1000万円の外注費用であれば、それがベースラインとなる。
次に、採用した場合の総コストを積み上げる。エンジニアの年収に加え、社会保険料などの法定福利費でおよそ15パーセントを上乗せする。年収600万円であれば、実質的な人件費は690万円前後になる。ここに採用コストとして紹介手数料や求人広告費で150万円から200万円、さらに入社後半年から一年は生産性が本来の6割から7割程度にとどまることを見込み、教育期間中の実質的な機会損失を考慮する。初年度だけで見れば、900万円から1000万円規模の投資になると考えるのが現実的だ。
ここで重要なのは、単年度の比較で終わらせないことだ。2年目、3年目と見ていくと、採用した場合は法定福利費込みの人件費690万円前後で安定し、外注費用の1000万円との差額がそのまま利益として積み上がっていく。一方で外注を続ければ、その差額は毎年発生し続ける。3年間の累計で試算すれば、内製化の投資回収がいつ実現するのかが具体的な数字として見えてくる。
加えて、定量化しづらい要素も無視してはいけない。社内にノウハウが蓄積されるスピード、緊急対応時のレスポンスの速さ、経営会議で技術的な意思決定を即座に行える価値。これらは金額換算しづらいが、事業のスピード感そのものを左右する。試算表の余白に、こうした定性的なメリットも書き添えておくことをすすめる。
折衷案としての選択肢
採用か外注か、という二者択一で悩む必要はない。実際には、その中間に位置する選択肢が数多く存在する。
- 業務委託・準委任契約でのパートナー確保。正社員として雇用するのではなく、特定の個人やチームと継続的な業務委託契約を結ぶ形態。週2日、月40時間といった形で、専属に近い関係を築きながら、雇用のリスクを避けることができる。
- 一部内製化。すべての開発を内製するのではなく、日常的な保守や軽微な改修は社内のエンジニアが担当し、大規模な新規開発や専門性の高い領域は外部パートナーに委託する棲み分け。
- フリーランスエンジニアとの継続契約。正社員ほどの固定費を負わず、案件ベースで信頼できる個人と長期的な関係を築く方法。相性が良ければ、将来的な正社員登用の布石にもなる。
- 技術顧問の起用。社内にエンジニアはいないが、月に数回、経験豊富な技術者に技術的な意思決定やコードレビューを依頼する形態。将来の内製化を見据えた準備段階として機能する。
ある小売業の会社は、いきなり正社員のエンジニアを採用するのではなく、まず週3日稼働の業務委託エンジニアと契約した。半年間、実際の業務を共にする中でお互いの信頼関係が築かれ、その後、本人の希望もあって正社員登用に至った。段階を踏むことで、採用のミスマッチという最大のリスクを大きく減らすことができた事例だ。壁を一足飛びに越えようとせず、着実に足場を固めながら進む姿勢が、結果的に確かな一歩につながった。
よくある失敗パターン
最後に、実際によく見られる失敗の型を共有する。同じ轍を踏まないための参考にしてほしい。
- 勢いで採用してしまい、仕事を持て余す。外注費への不満が募った勢いでエンジニアを採用したものの、実際の開発需要はそれほど多くなく、採用したエンジニアの手が空く時間が増える。本人のモチベーションも下がり、結局早期離職に至るパターン。
- 技術を評価できる人間が社内にいないまま採用し、放置してしまう。何を任せていいか分からず、雑務ばかりを依頼してしまい、エンジニアとしての専門性を発揮できないまま去られてしまうケース。
- 逆に、採用を先延ばしにし続けて機会損失が積み重なる。「もう少し様子を見てから」を繰り返すうちに、外注費用は膨らみ続け、競合他社は先に内製化を進めてスピード感で差をつけられる。決断の先延ばしそのものが、静かなコストになっていることに気づかない。
- 採用条件を市場相場より低く設定し、応募が集まらないまま採用活動が長期化する。中途半端な条件で募集を続け、時間と労力だけを消耗してしまう。
- 折衷案を検討せず、極端な二択でしか考えない。正社員採用か全面外注かの二択にとらわれ、業務委託や技術顧問といった中間的な選択肢を検討しないまま、身動きが取れなくなる。
これらの失敗に共通するのは、判断の軸を持たないまま、感情や勢いで動いてしまうことだ。逆に言えば、自社の開発需要の波、社内の技術理解度、そして具体的な試算という軸さえ持てば、大きな失敗は避けられる。
まとめ
採用すべきか、外注を続けるべきか。この問いに万能の正解はない。だが、判断のための材料は確かに存在する。継続的な開発需要があり、社内に育成できる体制があるなら、内製化という壁を越える価値は大きい。一方で、需要の波が激しく、必要とされる専門性の幅が広いなら、外注を続ける選択もまた正しい経営判断だ。
大切なのは、外注費への漠然とした不満だけで動くのでも、採用への漠然とした不安だけで止まるのでもなく、自社の実態を数字と現場感覚の両方で見極めることだ。試算を重ね、折衷案という選択肢にも目を向け、それでも決断すべき時が来たら、腹をくくって一歩を踏み出す。その一歩を支えるのは、机上の計算だけではない。共に働く人を信じ、育てようとする覚悟そのものだ。
壁の前で立ち止まり続ける経営者を、私たちは何人も見てきた。だが、本当に壁を越えていくのは、悩みながらも決断し、その決断に責任を持ち続ける人たちだ。この記事が、その一歩を後押しする材料になれば幸いだ。