請求書の受領、領収書の保管、契約書の押印、社内稟議の回覧——バックオフィスの業務はいまだに紙が中心という会社は少なくありません。「紙でもなんとかなっている」という感覚は正直なところだと思います。しかし2024年に電子帳簿保存法が完全義務化され、状況は変わりました。対応を先送りにするほど、後からの移行コストと手間が増えます。この記事では、中小企業がバックオフィスのペーパーレス化を進める具体的な手順を、法対応の観点も含めて整理します。
バックオフィスのペーパーレス化とは何か
ペーパーレス化の対象となる書類
バックオフィスのペーパーレス化とは、社内外のやりとりで発生する紙の書類を電子データに置き換え、業務を紙なしで完結させる取り組みのことです。対象になる書類の範囲は広く、主に次のようなものが含まれます。
- 資金繰り表を経営会議で活用する方法|数字を意思決定につなげる5つのポイント
- 経費精算のシステム化|紙・Excel管理から脱却する3ステップと選び方
- 請求書・領収書(受領・発行の両方)
- 契約書・発注書・注文書
- 帳票類(仕訳帳・総勘定元帳・決算書類)
- 社内稟議書・申請書・承認書類
- 給与明細・労働条件通知書
- 議事録・報告書・マニュアル類
これらすべてを一度にデジタル化しようとすると必ず行き詰まります。後述するステップで説明しますが、優先度をつけて段階的に移行することが中小企業には現実的な進め方です。
電子帳簿保存法との関係
ペーパーレス化を語るうえで避けて通れないのが電子帳簿保存法(電帳法)です。2022年の改正を経て2024年1月から完全義務化されており、電子取引で受け取った書類(PDFで届いた請求書など)は紙に印刷して保存することが原則として認められなくなりました。
電帳法が定める保存方式は大きく3種類です。
- 電子帳簿等保存:会計ソフトで作成した帳簿・書類を電子データのまま保存する
- スキャナ保存:紙で受け取った書類をスキャンして電子化する
- 電子取引データ保存:メールやWebで受け取った電子データをそのまま保存する
このうち「電子取引データ保存」は2024年から義務化されています。PDFで届いた請求書をそのまま電子保存し、税務調査で検索・提示できる状態にしなければならない、ということです。すでに電子取引でやりとりをしている会社は、対応が必要な状況にあります。
ペーパーレス化は「やりたい人がやる業務改善」ではなく、「法律で求められる対応」と「業務効率化」が同時に実現できる取り組みとして捉えるべき局面になっています。
中小企業がペーパーレス化を後回しにしてきた3つの理由
電帳法の義務化があっても、ペーパーレス化を「いつかやる」と先送りにしている会社は多いです。その理由には共感できる部分もあります。一度整理してみましょう。
理由1:「紙でもなんとかなっている」
長年紙で運用してきた会社にとって、現行の仕組みは「動いている」状態です。処理スピードが少し遅くても、書類の置き場所さえ把握していれば回る。現場を回している人ほど「変えるリスクのほうが怖い」と感じるのは自然なことです。
ただし、「なんとかなっている」のは今の状態の話です。担当者が退職した、テレワークが必要になった、税務調査が入った——そのタイミングで初めて「紙のリスク」が顕在化します。問題が表に出てから動き始めると、対応が後手に回ります。
理由2:「導入コストが読めない」
ペーパーレス化には何かしらのシステムやツールが必要で、費用がかかります。クラウド会計、電子契約、ワークフローシステム……それぞれのコストに加えて、導入時の設定作業や社員へのレクチャーにも工数がかかります。「結局いくらかかるのか」が見えないと、経営者としては動けません。
この問題の解決策は「全部まとめて導入しない」ことです。影響が大きい領域から一つずつ手をつければ、コストも工数も分散できます。後述するステップで具体的に説明します。
理由3:「現場が使ってくれるか不安」
新しいシステムを入れても、使われなければ意味がありません。特に社歴の長いスタッフや、日常的にPCに向かう機会が少ない現場担当者に対して、「ちゃんと使いこなせるか」という不安は経営者・管理職が共通して持つ懸念です。
これは「ツール選定」と「導入の順序」で大きく変わります。操作が複雑なシステムをいきなり全員に展開するのではなく、まず一部の担当者から始めて、使えることを確認してから広げる。この順番を守るだけで、現場の抵抗はかなり小さくなります。
ペーパーレス化で実際に何が変わるか
ペーパーレス化は「環境への取り組み」や「おしゃれなオフィスの話」ではありません。日常業務の具体的な手間がなくなります。
書類を探す時間がなくなる
紙の書類は探すのに時間がかかります。「あの請求書、どのファイルだっけ」「先月の領収書の束はどこだろう」——こうした探し物の時間は積み上げると相当な量になります。電子化されたデータはキーワード検索で瞬時に見つかります。取引先名、日付、金額——どの軸でも検索できるので、書類を探すストレスがほとんどなくなります。
テレワーク・在宅対応が可能になる
紙の書類が会社にしかない状態では、テレワークに根本的な制限がかかります。「請求書の確認だけのために出社する」「承認のハンコを押すだけのために会社に来る」——こうした出社が不要になります。書類がクラウド上にあれば、どこからでもアクセスして処理ができます。担当者が急病で休んだときも、他のメンバーが代わりに対応できます。
経費精算・承認フローが短縮される
紙の申請書を上長に回して、承認印をもらって、経理に提出して——この一連の流れは、申請から処理完了まで数日かかることも珍しくありません。ワークフローシステムを使えば、申請・承認・処理がオンライン上で完結し、ステータスも可視化されます。「あの申請、処理されましたか」という確認連絡も不要になります。
バックオフィスのペーパーレス化を進める4ステップ
ペーパーレス化を「なんとなく進める」のと「ステップを踏んで進める」のでは、結果が大きく変わります。以下の順序で動くことで、コストと混乱を最小限に抑えながら移行できます。
ステップ1:現状の書類フローを棚卸しする
まず「今、何が紙で動いているのか」を把握することから始めます。書類の種類、発生頻度、関係する人・部署、紙である理由——これを一覧にするだけで、ペーパーレス化の優先順位が見えてきます。
棚卸しの観点として使えるのは次の問いです。
- この書類は外部から届くものか、社内で作っているものか
- 紙である必要があるのか、慣習でそうなっているだけか
- この書類を電子化することで、誰の手間が減るか
- 法律上の保存要件はどうなっているか
棚卸し結果をもとに「電子化しやすいもの」と「取引先の協力が必要なもの」を分けると、着手の順番が整理しやすくなります。
ステップ2:電子帳簿保存法の要件を確認する
電帳法に対応した保存をしなければ、ペーパーレス化しても税務上のリスクが残ります。特に確認すべきポイントは次のとおりです。
電子取引データ保存の要件として、保存したデータは次の条件を満たす必要があります。
- 改ざん防止措置が取られていること(タイムスタンプの付与、またはクラウドサービスの変更履歴機能など)
- 日付・金額・取引先で検索できること
- ディスプレイで明瞭に確認できること
- 税務調査時にすぐに提示・印刷できること
クラウド会計ソフトや電子取引対応のシステムを使えば、これらの要件を満たした形で保存できます。「とりあえずフォルダに入れて保存する」方法は要件を満たさないケースがあるため、注意が必要です。
ステップ3:ツールを選定する
棚卸し結果と法的要件を踏まえて、必要なツールを選びます。ペーパーレス化に関わるツールは大きく3カテゴリに分かれます。
クラウド会計・経費精算ツールは、請求書・領収書・仕訳データをクラウドで管理するためのものです。電帳法対応済みのものを選べば、受け取った電子データをそのまま要件を満たした形で保存できます。
電子契約サービスは、契約書の作成・送付・署名・保管をオンラインで完結させるためのものです。印紙代がかからず、契約締結のリードタイムも大幅に短縮されます。
ワークフロー・承認システムは、社内の申請・承認フローをデジタル化するためのものです。稟議書・経費申請・休暇申請などの紙フォームをなくし、処理状況をリアルタイムで確認できるようにします。
最初からすべてのカテゴリを導入しようとせず、業務への影響が大きい順に一つずつ選定・導入するのが現実的です。
ステップ4:段階的に移行する
ツールが決まったら、一気に移行しようとしないことが重要です。「来月から全部電子化します」という切り替えは、現場に混乱を生みます。
まず一つの書類種別・一つの部署・一つの担当者から始めます。たとえば「経理担当1名が受け取る請求書だけクラウド保存に切り替える」「1件だけ電子契約で試してみる」といった小さい単位から動かします。
小さく試して問題がなければ範囲を広げる。このサイクルを繰り返すことで、現場の習熟度を上げながら移行できます。「全員が使えるようになってから本格展開する」という順番を守ることで、定着率が大きく上がります。
書類の種類別・おすすめの対応方法
書類の性質によって、ペーパーレス化の方法と必要なツールが変わります。種類ごとに整理します。
請求書・領収書 → クラウド会計・スキャン保存
電子で届く請求書・領収書は、そのままクラウド会計ソフトに取り込んで保存します。電帳法の「電子取引データ保存」の義務対象なので、メールに添付されたPDFを印刷して紙で保管するのは対応として不十分です。クラウド会計ソフトに直接取り込むか、電帳法対応のストレージサービスで保存するのが適切です。
紙で届く請求書・領収書は、スキャナ保存の要件に従って電子化します。スマートフォンのカメラを使ったスキャンアプリを使うことで、スキャナがなくても対応できます。ただしスキャナ保存には入力期限や解像度の規定があるため、要件を確認してから運用ルールを決めることが必要です。
契約書 → 電子契約サービス
契約書のペーパーレス化は、電子契約サービスの導入が最も効果的です。書面の作成・送付・署名・保管がすべてオンライン上で完結し、郵送コストと時間を削減できます。
電子署名には法的効力があり(電子署名法)、適切なサービスを使えば書面の契約書と同等の法的有効性を持ちます。ただし取引先の同意が必要なため、まず受け入れてくれそうな取引先から試験的に導入し、徐々に広げていくのが実際的です。
社内稟議・承認書類 → ワークフローシステム
紙の稟議書を回覧するフローは、ワークフローシステムに置き換えることで処理速度と透明性が大きく向上します。申請者が必要事項を入力して送信するだけで承認者に通知が届き、承認・差し戻しの履歴が自動的に記録されます。
「あの申請はどこまで進んでいるか」という問い合わせがなくなるだけで、管理側の業務負担はかなり軽くなります。テレワーク中でも承認フローが止まらなくなるという効果も大きいです。
給与明細 → WEB明細
給与明細の電子化は比較的取り組みやすい領域です。給与計算ソフトのほとんどはWEB明細機能を標準搭載しており、従業員がログインして自分の明細を確認できる仕組みになっています。印刷・封入・配布の手間がなくなり、過去の明細も従業員が自分で確認できます。
ただし電子配付には原則として従業員の同意が必要です(所得税法の規定)。同意書を取得してから移行する、または給与計算ソフト上で同意確認を行う手順を踏む必要があります。
よくある失敗パターン
失敗パターン1:「取引先が対応してくれない」問題
電子契約や電子請求書に切り替えようとしたところ、取引先が「紙でないと困る」と言う——これは多くの会社が直面するパターンです。対処法は2つあります。ひとつは「できるところから始める」方向で、対応してくれる取引先だけ電子化を先行させ、そうでない取引先は当面併用する。もうひとつは、取引先への説明を丁寧に行うことです。電帳法の義務化を背景にした説明をすると、相手側も「対応せざるを得ない」という認識を持ちやすくなります。「全取引先が対応するまでできない」と考えると永遠に始められません。対応可能な範囲で動き始めることが重要です。
失敗パターン2:高齢スタッフが使えない問題
社内に「PCが苦手」「スマートフォンはメールだけ」というスタッフがいる会社では、ペーパーレス化ツールの定着に苦労します。ただし「全員が同じツールを使う必要があるか」という問いは立ててみる価値があります。電子化が難しいスタッフの書類フローは当面紙のまま残しておき、その周辺の人が対応する。完全移行を目指すのではなく「紙の総量を減らす」という目標設定に切り替えると、現実的に動けます。
失敗パターン3:電子帳簿保存法の要件を満たしていない保存方法
「PDFをメールから保存してフォルダに入れておけば大丈夫」という理解で運用しているケースは要注意です。電帳法の電子取引データ保存の要件には、改ざん防止措置と検索機能が求められます。単なるフォルダ保存はこの要件を満たさない可能性があります。ペーパーレス化を進める際には、使用するツール・サービスが電帳法に対応していることを確認してから運用を始めることが必要です。顧問税理士への確認を併せて行うことをおすすめします。
よくある質問
Q. 電子帳簿保存法への対応は全社一斉に始めないといけませんか?
一斉に始める必要はありません。電帳法の「電子取引データ保存」は電子取引全般に適用されますが、社内の運用体制は段階的に整えることができます。まず経理担当者が扱う受領請求書から対応を始め、慣れてきたら範囲を広げるという進め方が現実的です。重要なのは「電子で受け取ったデータを紙に印刷して捨てない」ことです。
Q. 少人数の会社でもペーパーレス化のコスト対効果は出ますか?
少人数であるほど、一人あたりの書類処理の負担が大きい傾向があります。経理・総務を兼務している担当者が書類の確認・保管・探し出しに使っている時間は、5〜10名規模の会社でも週に数時間に上ることがあります。クラウド会計ソフトや電子契約サービスは月額数千円から使えるものも多く、初期費用を抑えて始めることができます。
Q. 紙の書類を大量に抱えていますが、過去分はどうすればいいですか?
過去の紙書類をすべて電子化する必要はありません。法定保存期間(税務関係書類は原則7年)が過ぎたものは廃棄できます。現在進行中の書類だけを電子化対象として、過去分は現行のまま保管を続けるという考え方が合理的です。まず今日以降の書類から電子運用を始め、過去分は期間経過とともに廃棄していくのが現実的な方法です。
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