なぜ今、新規事業にマーケティング戦略が必要なのか?
「いい製品を作れば、自然と売れるはずだ」
もしあなたがそう考えているなら、それは危険な兆候かもしれません。 かつては通用したこの考え方は、情報過多で競合がひしめく現代において、もはや通用しません。どれほど革新的な製品やサービスでも、その価値がターゲットに届かなければ、誰にも知られることなく市場から消えてしまいます。
新規事業の成功を左右するのは、製品開発と同じくらい、あるいはそれ以上にマーケティング戦略が重要です。 しかし、多くの新規事業担当者は、マーケティングを「製品が完成した後の広告活動」だと誤解しています。それは大きな間違いです。
新規事業におけるマーケティング戦略は、製品が生まれる前から始まり、その事業の成長を導く羅針盤となります。 このコラムでは、なぜ今、新規事業にマーケティング戦略が必要なのか、そしてその戦略をどう立てるべきか、具体的なステップを解説します。
目の前の「不」を深く知ることから始める
新規事業のアイデアは、日々の生活で感じる「不便」「不満」「不足」といった「不」の感情から生まれることが多いでしょう。しかし、その「不」が、あなたのアイデアを必要としているすべての人の「不」であるとは限りません。
多くの新規事業が失敗する最大の原因は、「顧客ニーズのミスマッチ」です。 これは、顧客が本当に求めているものを理解しないまま、事業を進めてしまうことで起こります。
マーケティング戦略の第一歩は、この「不」を、単なる個人的な感覚ではなく、データに基づいた客観的な課題として捉えることです。 そして、その課題を抱える「誰」のために、あなたの事業は存在するのかを明確にすることです。
1. 徹底的な市場調査
製品開発に入る前に、以下の観点で徹底的に市場を調査しましょう。
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顧客調査
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定量調査: アンケートなどを用い、市場全体の傾向やニーズの規模を把握します。「このサービスにいくらなら払いますか?」といった質問は、顧客の顕在ニーズを探る上で有効です。
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定性調査: インタビューや行動観察を通じて、顧客の言葉の裏にある「本音」や「感情」を探ります。「なぜ、その行動をしましたか?」と問いかけ、顧客自身も気づいていない潜在ニーズ(インサイト)を見つけ出しましょう。
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競合調査:
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競合の数、主要なプレイヤー、それぞれの強みと弱みを把握します。
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競合の価格設定、マーケティング手法、顧客レビューなどを分析することで、自社が狙うべき市場の「隙間」が見えてきます。
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2. ターゲット顧客の明確化
市場全体を相手にするのではなく、まずは特定のターゲット顧客を明確に定義しましょう。
ペルソナ設定: ターゲット顧客の架空の人物像を具体的に作り上げます。
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名前、年齢、職業、家族構成といった基本情報に加え、趣味、価値観、日々の悩み、情報収集方法などを詳細に設定します。
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例: 「都内在住の30代共働き夫婦、子育てと仕事の両立に日々悩んでいる。SNSで時短レシピを探しているが、情報が多すぎて疲れている」
ペルソナを明確にすることで、あなたの事業が「誰」のために存在するのかがはっきりし、その後のマーケティング活動の方向性が定まります。
既存事業との違い:なぜ同じマーケティング手法ではダメなのか?
大企業の場合、既存事業で成功したマーケティング手法を新規事業にも適用しようとする傾向があります。しかし、これは多くの場合、失敗に終わります。
1. ゼロからの認知獲得
既存事業は、すでに確立されたブランド力や顧客基盤を持っています。一方、新規事業は、認知度ゼロの状態からスタートします。 既存事業がテレビCMや大規模なキャンペーンで成功したからといって、同じ手法を新規事業に適用しても、予算を無駄にするだけかもしれません。
2. 収益モデルの不確実性
既存事業は、確立された収益モデルに基づいています。しかし、新規事業は、収益モデルそのものが仮説です。 「サービスは無料で、広告収入で儲ける」というモデルが本当に成り立つのか、検証が必要です。
3. 顧客との関係性の違い
既存事業の顧客は、すでにあなたの会社のブランドに信頼を置いています。新規事業は、顧客との信頼関係をゼロから築き上げなければなりません。
このように、新規事業は既存事業とは全く異なるステージにあります。成功のためには、新規事業に特化したマーケティング戦略が必要なのです。
新規事業のためのマーケティング戦略3つのステップ
顧客理解と既存事業との違いを踏まえ、具体的なマーケティング戦略を以下の3つのステップで構築しましょう。
ステップ1:ポジショニング戦略
あなたの事業が、競合と比べて「何が違うのか?」という独自の立ち位置を明確に定義します。
ポジションマップ
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縦軸と横軸に、顧客にとって重要な2つの価値(例: 「価格」「品質」「使いやすさ」「デザイン性」など)を設定します。
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そのマップ上に、競合と自社の位置をプロットします。
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例: 縦軸を「価格(安い⇔高い)」、横軸を「機能性(シンプル⇔多機能)」と設定すると、競合が多機能で高価格帯に集中していることがわかります。この場合、シンプルで安価なニッチ市場を狙うという戦略が考えられます。
ステップ2:マーケティングミックス(4P/4C)
ポジショニング戦略に基づき、具体的な施策を検討します。
4P(Product, Price, Place, Promotion): 事業側から見た視点。
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Product(製品)
ターゲットの課題を解決する機能は何か? -
Price(価格)
どのように価格設定するか?(例: 競合より安くするか、高くして付加価値を訴求するか) -
Place(流通)
どのように製品を届けるか?(例: ECサイト、実店舗、アプリストアなど) -
Promotion(販促)
どのように製品を顧客に知ってもらうか?(例: SNS広告、プレスリリース、インフルエンサーマーケティングなど)
4C(Customer Value, Cost, Convenience, Communication): 顧客側から見た視点。
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Customer Value(顧客価値)
顧客はあなたの製品にどんな価値を感じるか? -
Cost(顧客の負担)
金銭だけでなく、時間や労力といった負担はどうか? -
Convenience(利便性)
顧客にとって入手しやすいか? -
Communication(コミュニケーション)
顧客とどのように関係性を築くか?
この2つの視点を行き来することで、より顧客に寄り添ったマーケティング戦略を構築できます。
ステップ3:PDCAサイクルを高速で回す
戦略は一度立てたら終わりではありません。特に新規事業においては、仮説と検証を繰り返すことが重要です。
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Plan(計画)
立てた戦略に基づき、具体的な行動計画を立てます。 -
Do(実行)
計画を実行に移します。この際、完璧を目指さず、まずは小さく試すことが重要です。 -
Check(評価)
実行した結果を客観的なデータ(Webサイトの訪問者数、問い合わせ数、購買数など)で評価します。 -
Action(改善)
評価結果に基づいて、次の行動計画を改善します。
このサイクルを高速で回すことで、市場の反応を素早く捉え、無駄な投資を避けることができます。
最後に:マーケティング戦略は「成功への地図」
新規事業におけるマーケティング戦略は、闇雲に航海するのではなく、目的地(事業の成功)にたどり着くための「地図」です。
この地図を描くために、まずは顧客の心を深く理解することから始めましょう。そして、自社と競合の位置を正確に把握し、独自の立ち位置を確立すること。最後に、仮説と検証を繰り返すことで、その地図をより正確なものへと磨き上げていくのです。
あなたの素晴らしいアイデアが、マーケティング戦略という羅針盤を得て、多くの人々に届くことを願っています。