なぜ新規事業は「人事評価」が難しいのか?

新規事業担当者のモチベーションを最も削ぐもの、それは「既存事業と同じモノサシ」で評価される人事制度です。

新規事業部門は、既存事業とは根本的に異なる論理で動いています。既存事業が「効率」と「再現性」を追求するマラソンだとすれば、新規事業は「不確実性」と「高速な学習」を追求する障害物競走です。

しかし、多くの企業では、この「根本的な違い」が人事評価に反映されていません。

  • 従来の評価項目
    売上目標の達成率、コスト削減、計画の遂行度。

  • 新規事業の現実
    初期段階では売上はゼロ、計画は市場の反応に応じて頻繁に破棄・修正され、失敗こそが最も価値のある学習となる。

このミスマッチが、「挑戦しても報われない」「失敗を恐れて動けない」という組織の硬直化を生み出し、結果として新規事業の成功確率を劇的に下げています。新規事業担当者が本当に必要としているのは、「失敗を恐れず、大胆な学習と実行を促す評価制度」なのです。

このコラムでは、なぜ新規事業の「人事評価」が難しいのかを明確にし、その困難を乗り越えるための具体的な解決策を探ります。従来の評価制度との違いを明確にし、新規事業特有の評価項目(挑戦、学習、実行力など)の設定方法を学び、あなたの組織にイノベーションを根付かせるための人事制度設計を始めましょう。

Ⅰ. なぜ「新規事業」と「人事評価」は摩擦を起こすのか?

新規事業が従来の評価制度と衝突する根本的な理由を理解することが、制度設計の第一歩です。

1. 「結果重視」から「プロセス重視」への転換が難しい

従来の評価制度は、主に「目標達成という結果」に重きを置きます。売上目標、利益率、納期遵守率など、定量的かつ客観的な指標で評価されます。

  • 新規事業の現実
    初期段階では、KPI(重要業績評価指標)は頻繁に変わります。売上が立つまでの間は、「どれだけ速く失敗し、そこから何を学んだか」という学習の量と質こそが、将来の成功を左右する最も重要な成果です。

  • 摩擦の核心
    「市場の反応に基づき、計画を破棄して方向転換した(ピボット)」という行動は、従来の制度では「計画未達」と評価されてしまいます。この評価のズレが、担当者の心理的なブレーキとなります。

2. 「不確実性」と「確実性」のモノサシのズレ

既存事業の成功は、過去のデータを基にした「再現性」に依存します。新規事業は、「不確実性」という名の霧の中で進むことしかできません。

  • 従来の評価
    リスクを回避し、計画通りに業務を遂行することが高く評価されます。

  • 新規事業の現実
    市場の不確実性を乗り越えるためには、「リスクを取る(挑戦する)」ことが必要であり、「正解がない中で意思決定する実行力」が問われます。

  • 摩擦の核心
    挑戦して失敗した担当者が、挑戦しなかった担当者よりも低い評価を受ける状況は、組織全体に「挑戦はリスク」というメッセージを伝えてしまいます。

3. 「部門間のリソース摩擦」への考慮不足

新規事業は、既存事業から人や予算というリソースを奪って生まれます。これは、既存事業の担当者にとっては「邪魔者」と見なされがちです。

  • 摩擦の核心
    新規事業の担当者が、本質的な業務ではなく、「社内調整」や「稟議通過のための資料作成」にエネルギーを消耗しても、それが評価に反映されないことです。新規事業の評価制度は、この部門間の摩擦を解消し、協力を促す機能を持つ必要があります。

Ⅱ. 新規事業に適した「評価項目」の設定戦略

新規事業担当者の行動を、真にイノベーションを促進する方向に導くために、評価項目を「挑戦と学習」にフォーカスして再設計します。

評価軸1:挑戦の量と質(リスクテイクの奨励)

「挑戦しないリスク」の方が、「挑戦して失敗するリスク」よりも大きいことを評価制度で示します。

  • KPI例(挑戦の量)

    • MVP(実用最小限の製品)の市場投入回数
      完璧な製品開発に時間をかけるのではなく、「市場へのアウトプットの速度」を評価します。

    • 顧客との対話(インタビュー・検証)件数
      独りよがりのアイデアではなく、「市場の真のニーズを把握しようとする活動量」を評価します。

  • KPI例(挑戦の質)

    • ピボット(方向転換)の妥当性
      計画の破棄を評価するのではなく、「市場のデータに基づき、論理的に方向転換を判断したか」という意思決定の質を評価します。

評価軸2:学習のスピードと深さ(失敗の価値化)

失敗から「何を学んだか」を、成功と同じ、あるいはそれ以上に価値のある成果として評価します。

  • KPI例(学習のスピード)

    • 仮説検証サイクルの実行期間
      「仮説設定→検証実行→結果分析」のサイクルを、どれだけ短期間で回したかを評価します。

    • 検証結果に基づく行動への移行速度
      検証結果が出た後、「次の行動(継続、修正、中止)に移行するまでの日数」を評価します。

  • KPI例(学習の深さ)

    • 失敗の「言語化」と「組織への共有度」
      失敗した事業を「〇〇という仮説が市場に否定された」という形で言語化し、組織の学習資産として共有したかを評価します。

評価軸3:実行力とアジリティ(社内外のリソース活用)

リソースが限られている中で、いかに外部の知恵や社内の協力を得て、事業を前に進めたかという実行力を評価します。

  • KPI例(実行力)

    • 外部リソース(補助金、コンサルタント)の活用度
      自社のリソース不足を認識し、「外部の専門知見を戦略的に活用したか」を評価します。

    • 部門横断的な協調性の獲得
      「既存事業部門からの協力獲得実績」や「社内調整に費やした時間と成果の比率」を評価します。

  • 戦略
    チームへの評価は、個人評価とは別に「事業の進捗度・PMF達成度」で評価し、このチーム評価を個人の昇給・昇進に反映させる仕組みを導入します。

Ⅲ. 制度を機能させるための「運用上の解決策」

優れた評価制度も、運用を誤ると形骸化します。評価が担当者のモチベーションと事業成長につながるための具体的な運用方法です。

1. 評価を「定期的なコーチング」に変える

年に一度の結果報告ではなく、「週次または隔週のメンタリング」として評価機会を設けます。

  • 目的
    評価者を「審判」ではなく「コーチ(伴走者)」に変えます。評価の場で、「次に何を検証すべきか」という具体的なアドバイスを提供し、担当者の不安を取り除きます。

  • 実践
    評価者(上司や役員)は、「計画通りか?」ではなく、「最も重要な仮説は何だったか?」「その検証結果は何か?」というリーンスタートアップの問いを中心にフィードバックを行います。

2. 「多面評価」による孤独の解消

新規事業担当者は孤独になりがちです。この孤独を解消するため、評価に社内外の視点を取り入れます。

  • 社内多面評価
    既存事業部門の協力者や、協業した他部署のメンバーからも評価(フィードバック)を受けます。これにより、「社内摩擦を解消した努力」や「協力体制構築への貢献」が可視化されます。

  • 外部評価
    メンターやコンサルタントなど、事業の外部専門家から、事業の方向性や実行力に対する客観的なフィードバックを収集し、評価の材料とします。

3. 「失敗の権利」と「給与保障」の明確化

挑戦を促すには、失敗が担当者の経済的・キャリア的な不利益にならないという、明確な「安全網」が必要です。

  • 給与水準の保証
    新規事業の評価が低いからといって、既存業務時と比較して大幅に給与を下げることは避けるべきです。新規事業担当者が安心して挑戦できるよう、「一定期間は元の給与水準を保証する」というルールを設けます。

  • 「カムバック・パス」の設計
    事業が撤退した場合でも、既存事業の重要なポジションに戻れる「カムバック・パス」を事前に設計・公表します。これにより、担当者は「最悪、失敗してもキャリアは守られる」という安心感を得て、大胆な挑戦が可能になります。

Ⅳ. 最後に:評価制度は「未来へのコミットメント」である

新規事業のための人事評価制度の設計は、単なるルールの変更ではありません。それは、「当社は、未来のイノベーションのために、失敗と挑戦を真に価値あるものとして認めます」という、経営層からの未来への強力なコミットメントです。

従来のモノサシを脇に置き、「挑戦の量」「学習のスピード」「アジリティのある実行力」を評価軸の中心に据えること。そして、評価プロセスを「指導と成長のためのコーチング」に変えること。

この変革こそが、あなたの組織の潜在的なイノベーション能力を解き放ち、新規事業の成功確率を劇的に高めるための、最も本質的な一歩となるでしょう。挑戦する社員が報われる企業文化を、人事評価制度から創り上げていきましょう。


    有料級の資料を無料でダウンロードいただけます!

    『新規事業を成功に導くための羅針盤』

    これを読めば最新の新規事業開発の進め方がわかります!

    新規事業を成功に導くための羅針盤

    <ダウンロードフォーム>


    \ 最新情報をチェック /