なぜ大企業は新規事業が苦手なのか?
その根本原因と解決策
誰もが知る巨大な企業。潤沢な資金、優秀な人材、揺るぎないブランド力。
これらのリソースを見れば、大企業は新規事業開発において、ゼロから立ち上げるスタートアップよりもはるかに有利に見えるはずです。しかし、現実を直視すれば、革新的なブレイクスルーを生み出しているのは、むしろ軽やかなスタートアップや中堅企業であることが少なくありません。
なぜ、大企業は新規事業が苦手なのでしょうか?
それは、組織の安定と効率を追求してきた「成功体験」そのものが、新しい挑戦を阻む「見えない鎖」となっているからです。
このコラムでは、大企業特有の新規事業開発における根本原因を深く掘り下げ、その困難を乗り越えるための具体的な解決策を探ります。組織をイノベーションの壁から解き放ち、あなたの会社を再び成長軌道に乗せるためのヒントを得てください。
成功の裏側にある「大企業病」の3つの根本原因
大企業が新規事業に失敗する原因は、個人の能力やアイデアの質にあるのではなく、長年の成功によって築かれた組織の構造と文化に深く根ざしています。
1. 「減点主義」と「安定志向」の文化
既存事業が盤石である大企業では、「失敗しないこと」が何よりも重要視されます。これは、現在の収益とブランドを守る上では合理的ですが、新規事業においては致命的です。
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リスク回避の優先
新規事業は成功確率が低いため、担当者は失敗を恐れ、大胆な挑戦よりも、小さな改善や既存事業の延長線上にあるアイデアを選びがちです。 -
「減点主義」の人事評価
短期的な売上や利益を重視する既存の人事評価制度では、初期投資や時間がかかる新規事業は評価されにくい。担当者は「失敗すればキャリアに傷がつく」と感じ、高いモチベーションを維持できません。 -
心理的安全性(Psychological Safety)の欠如
失敗を許容しない文化では、社員はリスクを隠蔽したり、本音を言わなくなったりするため、建設的な議論や学びのサイクルが機能しません。
2. 意思決定とリソース配分の「慣性」
大企業は、組織を効率的に運営するための緻密なルールとプロセスを持っています。しかし、この「慣性」が、スピードを要求される新規事業の足を引っ張ります。
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多段階の稟議プロセス
小さな意思決定でも、多くの部署や経営層の承認が必要なため、市場の変化に対応する「スピード」が失われます。スタートアップが数日で決めることを、大企業は数ヶ月かけて決定することも珍しくありません。 -
リソースの偏り
優秀な人材、潤沢な予算は、安定した収益を生む既存事業に優先的に配分されます。不安定な新規事業には「余り物」が回されがちで、必要なときに必要なリソースを確保できません。 -
技術の「内向き志向」
自社技術への過信や、外部技術への不信感から、社内の技術やノウハウに固執し、市場で求められる最新の技術(オープンイノベーション)を取り込むのが遅れます。
3. 「カニバリゼーション」への過剰な恐れ
大企業の新規事業担当者を最も悩ませるのが、既存事業との摩擦です。
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既存事業部門の抵抗
新しい事業が成功することで、既存事業の顧客や売上が侵食される(カニバリゼーション)ことを恐れ、新規事業への協力が得られにくい。 -
「新しい儲けより、今の儲け」
経営層や既存事業の責任者は、不確実な未来の利益よりも、確実な現在の利益を優先する傾向があります。このため、新規事業が本質的に必要とする大胆な破壊的イノベーションを許可しにくい構造があります。 -
ターゲット顧客の固定化
既存事業の顧客セグメントに縛られ、「既存顧客の要望」ばかりを聞きすぎて、まだ見ぬ潜在顧客(新しい市場)のニーズを発見できない。
組織を変革する:新規事業を成功に導く3つの解決策
これらの根本原因を乗り越えるためには、単なる「掛け声」ではなく、組織構造と文化に切り込む具体的な戦略が必要です。
1. 意思決定の「二層構造」を確立する
新規事業のスピードを確保するためには、既存事業とは異なる、独立した意思決定の仕組みを設ける必要があります。
(1) 「聖域」としての新規事業部門
新規事業部門(または社内ベンチャー制度)を、既存の評価や稟議ルートから切り離した「聖域(サンドボックス)」として位置づけ、社長直轄や特別委員会の下に置きます。
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権限移譲
一定額以下の投資や撤退・ピボットの判断は、事業責任者や新規事業部門に現場で即決できる権限を移譲します。 -
別会計
既存事業の収益に影響を受けないよう、別会計で管理し、短期的な売上や利益ではなく、「学習の速度」や「市場適合性(PMF)」といった新規事業特有のKPIで評価します。
(2) 外部知見の導入と評価
社内の常識に囚われないために、外部の視点を意図的に導入します。
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社外取締役・アドバイザーの活用
スタートアップ経験者やベンチャーキャピタル(VC)の知見を持つ人材を、新規事業の意思決定プロセスに組み込み、スピード感と客観的な市場目線を持ち込みます。
2. 人事・評価制度を「失敗前提」に再設計する
社員が安心して挑戦できる環境こそが、イノベーションを生む土壌です。評価制度を根本的に見直しましょう。
(1) 失敗を「加点対象」とするプロセス評価
新規事業担当者の評価軸を、結果(売上)からプロセス(学習)にシフトします。
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評価項目
仮説検証のサイクル数、顧客インタビューの質と量、失敗から得られた教訓の深さなど、行動量と学習量を重視します。 -
メッセージ
「失敗は挑戦の証であり、成功の確率を高める貴重な学習である」という明確なメッセージを、経営層から一貫して発信し、心理的安全性を担保します。
(2) 「タレントプールの流動化」と専門職制度
優秀な人材が新規事業にコミットし続けるためのキャリアパスを提供します。
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専門職制度
頻繁なジョブローテーションの対象外となる「イントレプレナー(企業内起業家)専門職」を設け、長期間、一つの事業に集中できる環境を整えます。 -
インセンティブ
事業が成功した際の特別ボーナスや、ストックオプションに近いインセンティブを提供することで、リスクを取ることに見合う報酬を用意します。
3. 既存事業を「最大のパートナー」に変える戦略
既存事業の抵抗を力に変えるには、「敵」ではなく「最大のパートナー」として巻き込む戦略が必要です。
(1) 「Win-Win」のシナジーを生む
新規事業の立ち上げの初期から、既存事業部門に対して「この新規事業が、既存事業の未来の成長にいかに貢献するか」というシナジーを明確に提示します。
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例
「新規事業で獲得した若年層の顧客データを、既存事業の顧客理解にフィードバックする」「新規事業の技術を既存製品に横展開し、競合優位性を確保する」 -
効果
既存事業側の担当者に、新規事業への協力が自身の評価や事業の未来に繋がるという「当事者意識」を持たせることができます。
(2) リソースの「利用料」を明確にする
新規事業が既存事業の顧客チャネル、ブランド、技術を利用する際には、内部価格を設定し、利用料を支払う仕組みを設けます。
- 目的
これにより、既存事業側は「タダ働き」ではなく、新規事業への協力が「収益」に繋がるため、協力的になりやすくなります。また、新規事業側もリソースを無駄遣いせず、費用対効果を厳しく意識するようになります。
最後に:成功体験を「更新」する勇気
大企業が新規事業が苦手なのは、決して社員の能力が低いからではありません。それは、過去の成功体験があまりにも強固なため、「変革の痛み」を避けてしまうからです。
しかし、市場が急速に変化する現代において、過去の成功に固執することは、未来の失敗を意味します。
新規事業を成功させるための鍵は、組織の「成功の定義」をアップデートする勇気です。
リスクを恐れず挑戦する文化、迅速な意思決定を可能にする仕組み、そして失敗を学習とみなす評価制度。これらを確立することで、大企業は再びその巨大なリソースを解き放ち、イノベーションの担い手となることができるでしょう。
あなたの組織が、過去の鎖を断ち切り、新しい未来を創造するための変革を始めることを願っています。


