大企業で新規事業を成功させるための「根回し」術
新規事業のアイデアがどれほど素晴らしくても、技術的に実現可能でも、社内の承認がなければ、それは机上の空論で終わってしまいます。特に、歴史と伝統を持つ大企業では、イノベーションを阻む見えない壁、つまり「社内政治」が立ちはだかることが少なくありません。
「なぜ、この事業をやるのか?」 「リスクは大丈夫か?」 「既存事業とのカニバリズム(共食い)は起きないか?」
こうした問いに、論理的な正しさだけで立ち向かっても、なかなか承認を得ることは難しいものです。
新規事業を成功させるには、論理的な「ロジック」と、人間的な「ネマワシ(根回し)」の両輪を巧みに操る必要があります。このコラムでは、新規事業を阻む組織の壁を乗り越え、稟議をスムーズに通すための「根回し術」を徹底解説します。
なぜ「根回し」が重要なのか?
「根回し」と聞くと、ネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、大企業で事業を進める上で、根回しは決して卑怯な手段ではありません。むしろ、それはプロジェクトを円滑に進めるための「リスクヘッジ」であり、「信頼関係の構築」そのものです。
稟議書が最終的な決裁者の手に渡るまでに、多くの部門や役職者が関わります。彼らはそれぞれ異なる立場や関心を持っています。
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財務部門
投資額や回収期間に厳しい目を向けます。 -
法務部門
法的なリスクやコンプライアンスを重視します。 -
既存事業部門
新規事業が自社の売上を侵食しないか懸念します。
根回しは、これらの関係者が持つ懸念や疑問を、稟議書が提出される前に解消するためのプロセスです。事前に個別に説明し、懸念点を聞き出し、解決策を提示しておくことで、稟議の段階での「想定外の反対意見」や「差し戻し」を防ぐことができます。
稟議書をスムーズに通すための7つのポイント
根回しを成功させるには、事前に完璧な稟議書を作成しておくことが大前提です。以下に、決裁者を納得させるための7つのポイントを挙げます。
1. 結論から書く
忙しい決済者は、長文を読む時間がありません。まず冒頭に、「本件は〇〇のため、ご承認をお願いします」と結論を明確に記載します。これにより、読み手は全体の概要を瞬時に把握できます。
2. 数字で説明する
「市場が大きいです」「収益性が高いです」といった抽象的な表現は避けましょう。
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「市場規模は〇〇兆円です」
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「3年後の売上目標は〇〇億円です」
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「投資回収期間は〇〇年です」
このように、具体的な数字を盛り込むことで、事業の妥当性が客観的に伝わります。
3. リスクと対策を明記する
リスクを隠すのは最も危険な行為です。「想定されるリスクは3つあります」と正直に示し、それに対する「対策」を具体的に提示しましょう。これにより、担当者がリスクを冷静に分析し、対策を講じていることが伝わり、信頼度が増します。
4. 既存事業とのシナジーを強調する
既存事業部門の懸念を払拭するために、新規事業が既存事業にもたらす「プラスの効果」を強調します。
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「新規事業で獲得した顧客を、既存事業の顧客として囲い込めます」
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「新規事業で開発した技術は、既存製品の品質向上にも貢献します」
5. シンプルで分かりやすい図を活用する
複雑なビジネスモデルや収益構造は、文章だけで説明するのは困難です。図やグラフを活用することで、直感的に理解しやすくなります。
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ビジネスモデルキャンバス
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事業のロードマップ
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収益モデルのフローチャート
6. 短所を「強み」に変える
事業の短所も、見方を変えれば強みになります。
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例: 「当社の技術はまだ未完成ですが、競合にはないカスタマイズ性という強みがあります」
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例: 「初期費用はかさみますが、ランニングコストを抑えることができます」
7. 担当者の熱意を伝える
稟議書はビジネス文書ですが、そこに書かれた事業への「熱意」は必ず伝わります。なぜこの事業に情熱を注いでいるのか、この事業が社会にどんな価値をもたらすのかを、簡潔に、しかし力強く表現しましょう。
成功を確実にするための「根回し術」7選
完璧な稟議書ができたとしても、それだけでは不十分です。稟議を提出する前に、以下の根回し術を実践しましょう。
1. 決裁者の「本音」を探る
決裁者には、稟議書に書かれていない「本音」があります。「成功事例は?」「他社はどうか?」など、事前に彼らの関心事をリサーチし、それに合わせた説明を用意しておきましょう。
2. 関係部署のキーパーソンに個別相談する
稟議書が回覧される部署のキーパーソンに、個別にアポイントを取ります。事業の概要を丁寧に説明し、彼らの懸念点やアドバイスを事前に聞き出しておきましょう。
3. 懸念点には「即時対応」
個別相談で出た懸念点には、その日のうちにメールで回答するなど、迅速に対応することが重要です。「この担当者は信頼できる」という印象を与えることで、稟議の通過率が上がります。
4. 既存事業部門との「WIN-WIN」の関係を築く
新規事業が既存事業のリソースを奪ったり、顧客を奪ったりすると、必ず反発が起きます。「既存事業の売上向上にも貢献できます」といった、両者にとってメリットがある協力関係を築き、味方につけましょう。
5. 相談相手を「共犯者」にする
「この事業が成功したら、〇〇さんのご協力のおかげです」と事前に伝えることで、相手は「自分の事業」という意識を持ち、積極的に協力してくれるようになります。
6. 稟議ルート上の「橋渡し役」を見つける
稟議ルート上の上司や先輩の中で、あなたの味方になってくれる人を見つけましょう。彼らは、あなたが伝えたいことを、決裁者が最も理解しやすい言葉で伝えてくれる「橋渡し役」となってくれます。
7. 決裁直前に「最終確認」
稟議を提出した直前や、決裁が間近になったタイミングで、「〇〇部長、先日の稟議、問題ないでしょうか?」と、口頭で最終確認を行います。これにより、決裁を迷っている場合でも、承認を後押しすることができます。
最後に
新規事業の立ち上げは、論理的な正しさだけでなく、人間関係の構築が不可欠です。
根回しは、決してずるいことではありません。それは、関係者との信頼関係を築き、事業への理解と協力を得るための、ビジネスにおいて最も重要なスキルの一つです。
あなたの素晴らしいアイデアが、社内政治という見えない壁に阻まれることなく、世の中に新しい価値を届けることを心から願っています。