成功事例から学ぶ新規事業のヒント
「自社の強みを活かす」
新規事業を立ち上げる際、多くの人が「全く新しいアイデア」を追い求めがちです。しかし、本当に成功する事業は、必ずしもゼロから生まれるわけではありません。むしろ、自社が長年培ってきた「強み」や「資産」を、全く新しい分野に応用することで、揺るぎない競争優位性を確立しているケースが数多く存在します。
今回は、自社の強みを活かして異分野で成功を収めた事例を紐解きながら、成功の鍵となる「アセット転用思考」について、その本質と実践方法を解説します。
ゼロからイチではない「イチから千」の思考
多くの企業は、既存事業で培ってきた技術、顧客基盤、ブランド力といった貴重な資産(アセット)を持っています。にもかかわらず、新規事業を立ち上げる際に、これらのアセットを十分に活用できていないのが現実です。
「アセット転用思考」とは、自社の強みを、まるでレゴブロックのように組み替え、全く新しいビジネスモデルを構築する考え方です。これは、ゼロから何かを生み出すのではなく、既存のイチをベースに、千や万の価値を創造するアプローチと言えます。
成功事例に学ぶ「アセット転用」のヒント
事例1: 富士フイルム - 写真フィルム技術を化粧品へ
「写真フィルム会社が、なぜ化粧品を?」
富士フイルムの「アスタリフト」という化粧品ブランドは、多くの人々を驚かせました。しかし、この一見畑違いに見える事業転換の裏には、写真フィルム事業で培われた3つのアセットが巧みに転用されています。
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ナノテクノロジー
写真フィルムには、微細な粒子を均一に混ぜ合わせるナノテクノロジーが不可欠です。この技術は、美容成分を肌の奥まで届けるための「ナノ化技術」として応用されました。 -
コラーゲン技術
写真フィルムの主原料であるコラーゲンは、人間の肌のハリや弾力に欠かせない成分です。富士フイルムは、写真フィルムの劣化を防ぐためのコラーゲン研究のノウハウを、肌のコラーゲンを補給・維持するための技術へと転用しました。 -
抗酸化技術
写真の退色を防ぐための「抗酸化技術」は、肌の老化を防ぐための「抗酸化作用」として応用されました。
富士フイルムは、単に市場規模の大きい化粧品市場に参入したわけではありません。自社にしか持っていないユニークな技術(アセット)を特定し、それを必要としている市場(化粧品)へと転用することで、揺るぎない競争優位性を確立したのです。
事例2: ソニー - ゲーム事業から生まれた「PlayStation」
ソニーの代表的な事業の一つである「PlayStation」も、既存アセットの転用から生まれたと言えます。
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半導体技術
ソニーは、当時世界最高峰の半導体製造技術を保有していました。この技術は、高性能な家庭用ゲーム機を開発するための基盤となりました。 -
エンターテインメント・コンテンツ
ソニーグループは、映画や音楽といったエンターテインメントコンテンツを多数保有しています。これらのコンテンツをゲーム機というプラットフォーム上で展開することで、他社にはない強力なコンテンツラインナップを構築しました。 -
ブランド力
「SONY」というブランドは、高品質なエレクトロニクス製品の代名詞として世界的に認知されていました。このブランド力は、PlayStationの信頼性を高め、消費者からの支持を得る上で大きな武器となりました。
ソニーは、ハードウェアの技術とソフトウェアのコンテンツという、二つの異なるアセットを組み合わせることで、ゲーム市場という新しい分野で圧倒的な地位を築き上げました。
事例3: JR東日本 - 鉄道アセットを地域活性化へ
JR東日本は、鉄道事業で培ったアセットを、全く新しい事業に転用しています。
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広大な鉄道網: JR東日本が持つ広大な鉄道網は、単なる移動手段だけでなく、沿線の様々な地域を結びつける「地域インフラ」というアセットとして捉え直されました。
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駅という拠点: 「駅」は単なる乗降場所ではなく、毎日多くの人が行き交う「生活の拠点」というアセットに変わりました。
これらのアセットを転用し、「エキナカ」という商業施設や、沿線の地域資源を活用した観光事業を推進しています。これにより、鉄道事業の収益に依存しない新たな収益源を確保し、地域社会にも貢献しています。
あなたの会社に眠る「アセット」を見つけ出す方法
「アセット転用思考」は、大企業に限ったものではありません。あなたの会社にも、まだ気づいていない貴重なアセットが眠っているはずです。
1. 「強み」を分解する
まず、自社の強みとして認識しているものを、より細かく分解してみましょう。
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技術: 「高品質な製品を製造する技術」→「微細な粒子を制御する技術」「精密な温度管理技術」
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顧客: 「特定の業界の顧客基盤」→「〇〇に関する深い知識を持つ専門家」「新技術に敏感なアーリーアダプター」
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ノウハウ: 「効率的な生産管理ノウハウ」→「サプライチェーン全体の最適化ノウハウ」「製造プロセスの自動化ノウハウ」
このように分解することで、一つの強みが、実は複数のユニークなアセットで構成されていることに気づきます。
2. 「不変なもの」を特定する
どんなに時代が変化しても、変わらないアセットは何でしょうか?
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例: ECが主流になっても、「物流の効率化ノウハウ」は不変のアセットです。
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例: スマートフォンが普及しても、「個人の健康データを解析するノウハウ」は不変のアセットです。
不変なアセットこそが、長期的な競争優位性を生み出す源泉となります。
3. 他社のビジネスモデルを「アセット転用思考」で分析する
他社の成功事例を、「あのアセットを、この分野に応用したのか!」という視点で分析してみましょう。これにより、あなたの会社のアセットをどこに応用できるか、ヒントが見えてきます。
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例: 「〇〇社は、ECサイト構築のノウハウを、個人事業主向けのウェブサイト作成ツールに応用したのか」
最後に
新規事業のアイデアは、必ずしも雷に打たれるようなひらめきから生まれるわけではありません。
それは、自社が持つ強みという「アセット」を深く理解し、それを必要としている市場を見つけ出す、論理的な思考プロセスから生まれるのです。
あなたの会社に眠る「アセット」を再定義し、それを活かした全く新しい事業の未来を、今日から描き始めてみませんか。